社長の金の苦労に比べりゃ、俺の色恋沙汰の苦労なんてなあ、 ヘッ、屁みたいなもんだよ。 第14作『男はつらいよ 寅次郎子守唄』から 寅さんの実家の団子屋の裏手で印刷工場を営むタコ社長は、寅さんの良きけんか相手でもあります。中小企業の経営者の苦労を一手に背負ったような感じで、いつも愚痴をこぼし、金策に奔走しています。 演じたのは太宰久雄さん。浅草の海苔問屋の息子で、家業を継ごうと思っていたところ、戦災で実家が焼けてしまって断念。戦後、NHKの放送劇団に入って、役者の道に進みます。 余談ですが、タコ社長の独特のヘアスタイルは戦前、海苔問屋の旦那衆の間に流行した「鯔背銀杏(いなせいちょう)」というモダンな髪型だそうです。 浅草出身の太宰さんと、若き日に浅草でコメディアンをしていた渥美さんの丁々発止のやりとりが「男はつらいよ」での大きな笑いの要素になっています。 タコ社長にすれば、渡世人の寅さんは遊んでいるも同然。最初は冗談のようなやりとりが、いつしかけんかになってしまいます。毎回のように「おまえなんかに、中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか!」と真っ赤になって怒りますが、ごもっともです。 タコ社長の名前は桂梅太郎。印刷工からたたき上げ終戦後ほどなく経営者となり、奥さんと二人三脚で印刷工場を切り盛りしてきた苦労人。寅さん一家とは親戚のように付き合っています。茶の間の上がりがまちに座り、ついつい思ったことを口にしてしまいます。 寅さんがマドンナを待ちわびて「ああ、今日も来なかったか」とため息をついているところへ現れて「ああ、今日も彼女はこなかったか」と言ってしまうのです。その不用意な一言が寅さんの怒りの導火線に火をつけてしまうのが常です。 いつもタコ社長をからかっている寅さんですが、実はその苦労をよく知っているのです。第14作『寅次郎子守唄』で、例によって失恋し、旅立つ寅さんに、社長は「寅さんつらいだろうな」と同情します。 そこで寅さんが「社長の金の苦労に比べりゃ」のせりふを言います。立場も価値観も意見も全く違う、経営者と渡世人。この二人の古くからの友情が垣間見えて、しみじみとします。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |