東北3500キロの旅〈前編〉 こちらからの続きです。〈後編〉もかなり長いです。(*´∀`*)
下北半島から太平洋側に出ると、そこは六ヶ所村だ。使用済み核燃料の再処理工場がある村である。
たぶんもともとは漁業で暮らしていた小さな漁村。その人口1万1千人の小さな村に、あまりにそぐわない高速道路のような道。車はほとんど走っていない。その先には再処理施設がある。そのためだけの道なのだと思った。「原発マネー」という言葉が頭をよぎる。
帰ってから調べてみると、平成18年度には年間60億円もの村税が納入されたとあった。
再処理施設は木々で囲まれ、ほとんど中の様子は見えなかった。垣間見えた印象だけでいえば、未来都市の工業団地のようだった。ここに全国の原発で燃やされた使用済み核燃料が集まり、ウランとプルトニウムが取り出される。プルトニウムの半減期は2万4千年。それでも半分の濃度にしかならない。そんな途方もないことなのだと、今回の震災ではじめて知った。そしてこの目の前の建物の中で、それが行われている。何万年も先のビジョンもプランもないままに。
岩手では、安比川で釣りをした。はじめて一人で川を釣り上がった。釣れなかったけど、「釣りたい」という気持ちが芽生えていた。フライフィッシングの講座に参加して5年目、その間ほとんど釣りなどしていないが、はじめての感情だった。
キャンプ場所を探して山や川のそばをさまよっていると、とても不安になる。道はちゃんとつながっているのだろうか、変なところに迷い込んでしまわないだろうか、というように。『注文の多い料理店』のブルジョア青年になったような気持ちだった。『赤毛のアン』が家の前の森を「おばけの森」だと想像して、暗くなってからのお使いに行けなくなったように、想像力がときたま私を小心者にさせる。
今回の旅は、読みたくなる本が続出する旅でもあった。
東北の風景の中にいると、蝦夷(えみし)の国が物語に登場する荻原規子の『薄紅天女』を読みたくなった。
夜が近づき、どこにテントを張ればいいのか、ということから、そうした知識や経験、生き物としての本能ということに思い至り、敵部族から1600キロの道のりを走って逃げたネイティブアメリカンの少女の物語『ナヤ・ヌキ』を思い出した。同時に、妖魔(ようま)の跋扈する黄海(こうかい)を生き延び、恭国(きょうこく)の王となる12歳の少女の物語『図南の翼』の主人公の道のりを思った。
今なら、宮沢賢治の『狼森と笊森、盗森』が実感を伴って読めるかもしれないとも。
その日は八幡平の藤七温泉に立ち寄った。湯床の板の間からがプクプクと沸き上がる硫黄の温泉で、自然の地形を利用し、板の道で行き来ができる天然かけ流しの露天風呂群だ。
実はここ、ほとんどが混浴露天風呂である。当然ながら最初は「絶対ムリ!」と思い、女性専用露天風呂に入っていたのだが、途中から来たお子さん連れの若いお母さんが「わりと平気ですよ」などと言うものだから、ついその気になってしまった。いちばん見晴らしのいい露天風呂にも入ってみたかった。「せっかく600円払ったんだからモトを取らなきゃ」「楽しまなきゃ、もったいない」という妙なケチケチ精神と、「やればできる!」という意味もない前向き精神で、一番奥の女性専用風呂から一番高い場所にある混浴風呂まで多少タオルで隠しつつ、ホホイっと行ってしまった。今になって冷静に考えてみれば「しくじった」以外の何ものでもない。湯ぶねにつかっていてのぼせていたものあったかもしれない。冷静な判断力をなくした、混浴風呂初体験であった。
岩手では、知人が営む安比高原のペンションに泊まった。
いろんな話をした。楽しいことも、つらいことも。
ご主人は相馬市出身でご両親が今も住んでいる。「震災後、自転車で相馬まで行くというから、みんなで止めたんですよ」と奥様。「ちゃんと現場を見ていってほしい」と言われた。
翌日、安比高原から一路宮城へ。内陸から海岸線に出た最初のまちは陸前高田市だった。周囲はごくごく普通の地方都市の風景。日常の暮らしが当たり前に目の前にある。車で走りながらだんだん口数が減り、胸がドキドキしてきた。高台から開けた場所に出たとき、その景色が目の前に広がった。
言葉など出なかった。
テレビで見慣れた光景なのに愕然とした。目の前にあるものは、途方もない自然の力と人間の無力さだった。ただ静かに見ていることしかできなかった。海岸沿いを走れば走るほど、津波が来たところとそうでないところの境がどこにでも、至るところに在ることが、胸に迫った。
写真は撮ることができなかった。
南三陸町で車を止め、黙祷した。それしかできなかった。車を止めたところにも、潮の満ち引きで海水が流れ込んでいた。小さな水たまりに魚がいた。海は静かだった。
海岸沿いの道を走る。リアス式の三陸沿岸は美しかった。
新潟経由で帰ったとき、柏崎刈羽原子力発電所の前も通った。鉄線で覆われ、木々に囲まれ、中の様子はほとんど見えない。高速道路のゲートのような入口だけ、一瞬見えた。ものものしい警備体制という印象。
柏崎市内にある「みなとまち海浜公園」はマリンレジャーが楽しめるスポットとあった。人口9万4千人のまちに、あまりにきれいで立派な施設。
隠すもの、そして見えるもの、見せるもの。
浜岡も同じだったのかもしれないとふと思う。娘たちが小さい頃、「図書館が充実していて大きな公園もあって浜岡はいいな」と思っていた。国道150号を走れば、浜岡原子力館は見えるが原子力発電所そのものは視界の中に入ってこない。
原子力館のホームページにあるように、「原子力発電のしくみや新エネルギーについて学べる展示コーナーやオムニマックスシアターがあり、一日中楽しめる施設です」という印象しか持っていなかった。
私自身あまりに無知だったのだと、痛切に思い知らされた。
一週間の旅。
自分は何もできないという無力感とともに、人間の、この小ささを実感することが第一歩でよいのではないか、そんな気持ちが芽生えた。小ささを引き受け、それでもそこから自分が何を考えどう行動するのか、この一週間がきっと私の血肉となるだろうと思うのだ。
帰りの車の中から見た景色
お休みをいただき、貴重な時間を過ごすことができました。ありがとうございました。