私もひたすら反省して、人に尊敬される人間になろうと思います。 第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』から このことばは、第32作『口笛を吹く寅次郎』のラストに寅さんが、さくら、博、満男に出した年賀状の結びの文章です。寅さんは旅先のさまざまな人との出会いを大切にしています。そこから幾つもの物語が生まれました。 第32作の冒頭、吉備路を走る伯備線のなか、三歳ぐらいの女の子を連れた男(レオナルド熊)と出会います。「これは俺の命よ」と娘をいとおしげに見詰め、満面の笑みを浮かべます。 男は一人で娘を育てながら、各地の工事現場を渡り歩いているようです。列車の中で一人遊びをしている女の子を見て、寅さんは、一日も早く、どこかに落ち着いてほしいと思ったに違いありません。 このエピソードは、第8作『寅次郎恋歌』で、博の父・飈一郎(志村喬)から聞いた「庭先にりんどうの花がこぼれるばかりに咲き乱れている農家の茶の間」の話を思い出させます。「家族がいてにぎやかに夕食を食べているのが本当の人間の生活ではないか」と諭された名場面です。 寅さんは、この父娘にも「りんどうの花」を咲かせてほしいと思ったはずです。第32作『口笛を吹く寅次郎』は、その博の父・飈一郎の三回忌の席で、寅さんが菩提寺のお坊さんになっているという笑いが展開されます。同時に第8作『寅次郎恋歌』テーマが、さりげない場面にも流れているのです。 そしてラストシーン。寅さんは完成されたばかりの因島大橋近くで、冒頭の父娘と再会します。そこで父は、一緒にいる女性(あき竹城)を「橋の工事の飯場で知り合い、気が合った女」と紹介します。寅さんは「お姉ちゃん、良かったなぁ、きれいなお母ちゃんができて」と娘に声をかけます。 この瞬間、観客はこの父娘の暮らしに咲いた「りんどうの花」を感じるのです。スクリーンに三人の新しい家族の洗濯物が風に舞うショットが広がります。ここに飈一郎の言う「本当の人間の生活」があるのです。 寅さんの年賀状にある旅先での「反省」の日々には、さくらたちも知らない、こんな美しい物語が隠されているのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 化けている漢字は(ひよう)と読む字です。 |