おまえと俺が兄弟分だったのは昔のことだ。 今はおまえは堅気の商人(あきんど)だぞ。 第33作『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』から 第1作『男はつらいよ』のラスト近く、寅さんは舎弟・川又登(津坂匡章、現・秋野太作)に厳しく説教をします。寅さんと旅を続けるつもりの登に、「これから一体どうするつもりなんだい、おまえ、俺みてえになりてえのか」と寅さん。若い登を心配してのことです。 20年ぶりに故郷に帰った寅さんは、心のどこかで堅気に戻りたいと思っていたのかもしれません。父親と大げんかをして家出をして、テキ屋の世界に入ってきた登は、若い頃の寅さんと同じ境遇です。そんな寅さんは心を鬼にして、登に故郷への切符を渡し「親孝行をしろ」と決別を宣言します。二人はそんなやりとりを幾度となく繰り返してきました。 ところで『沓掛(くつかけ)時次郎 遊侠(ゆうきょう)一匹』(1966年・加藤泰監督)という傑作時代劇があります。侠客に憧れる渥美清さんふんする身延の朝吉を、兄貴分の時次郎(中村錦之助)が、「身延に帰って百姓に戻ったらどうだい」と諭します。 「男はつらいよ」前夜の作品ということもあり、ぼくは『遊侠一匹』を見るたびに、朝吉が寅さんの放浪時代に思えてなりません。自分のように中途半端な生き方だけはしてほしくないという、兄貴分の自戒の念が感じられるからです。 第10作『寅次郎夢枕』以来、姿を見せなかった登ですが、第33作『夜霧にむせぶ寅次郎』で久しぶりに登場します。盛岡城址公園で、寅さんが啖呵売をしていると、小さな女の子を連れた登が声をかけます。再会を喜ぶ登に、寅さんは「おまえと俺が兄弟分だったのは昔のことだ」ときっぱり。それが『夜霧にむせぶ寅次郎』のテーマにつながってゆくのです。 その後、寅さんは釧路でフーテンを気取った小暮風子(中原理恵)と出会います。居場所がなく放浪癖のある風子は、「寅さんと一緒に勝手気ままな旅がしたい」と言い出します。しかし寅さんは、かつてさくらに言われた「こんな暮らしを続けていたら、そのうちきっと、お兄ちゃん後悔するわよ」ということばを風子に伝えます。 風子への言葉遣いや表情は優しい寅さんですが、かつて登を説教したときと同じ、若者への厳しい気持ちがあるのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |