スーツを着るだけで「ちゃんとしている」ように見えてしまう。けれど、それは本当に「ちゃんとしている」ことと同じだろうか? スーツには不思議な力がある。ただ袖を通すだけで、なんとなく誠実そうに見えたり、責任感がありそうに映ったりする。でも、それは服が作り出したイメージであって、その人自身の本質ではない。 私は、そうした“スーツの魔法”に頼りたくない。本当に大切なのは、服装ではなく中身。どんな服を着ていても、自分の言葉や行動で信頼される人間でありたい。だから、あえてスーツは着ない。 ……とまあ、こんなふうに格好つけたことを言ってみたけど、実はそんな大それた理由ばかりじゃない。正直なところ、スーツって動きづらいし、暑いし、何より窮屈で疲れる。そんなの着てまで「ちゃんとした大人」に見られたいとは思わない。 それに、スーツを着ること自体が好きじゃない。好きな服を着て楽しくやりたい。そう思うのは、そんなにおかしいことだろうか? もちろん、スーツを着る人を否定するつもりはない。職業や場面によっては必要なこともあるし、スーツが好きな人もいる。それはそれでいい。でも、私は“スーツを着るだけでちゃんとしている風の大人”にはなりたくないのだ。 スーツを着ていないことで、「先生なのにスーツじゃないの?」と違和感を覚える人もいるかもしれない。でも、それでいい。私が大事にしているのは、服装じゃなくて考え方や伝え方。見た目の「ちゃんと感」ではなく、本当の信頼を築きたい。 スーツを着なくても、信用される大人でいたい。 肩書きや服装に頼らず、中身で勝負したい。それだけの話。 |