10月10日。掛川大祭の初日ともいえるその日、御前崎市の高松神社の例祭に行ってきた。掛川祭では各神社の神事があり、舞いや踊りを奉納するが、高松神社では神事のあと奉納相撲を行う。私のひいおじいちゃんは「おすもうさん」だった。私自身、小さい頃から相撲中継は見ていたし、ひいきの力士もいた。高校時代には、友達が下敷きの間にマッチやトシちゃんの写真を入れているとき、おすもうさんの写真を入れていた。だからというわけでもないが、今回、間近で見る相撲を非常に楽しみにしていた。掛川のまちに生まれ育ち、掛川の祭りにどっぷりつかった自分が、ほかのまちのお祭りを見たときどう感じるのかにも興味があった。奉納相撲の参加人数は小学生106名、年若20名で、トータル63の取り組があった。地域の小さな相撲とはいえ、相撲のしきたりや作法に則り、本格的で礼儀正しい、非常に気持ちのいい相撲だった。力士にしろ、行司にしろ、関わっているすべての人が真摯で、でも恥ずかしさもあって微笑ましいところもあり、また相撲としても見ごたえがあった。 小学生の男の子はまわし姿が恥ずかしそうだし、体操着にまわしをつけた女の子たちは立会い前の仕切りにモジモジしている。でも、行司さんの「のこった!」の声とともに真剣勝負の顔になる。年若同士の立会いでは、身体と身体がぶつかる音がした。昭和50年頃「まわし姿になるのが恥ずかしい」と、170年の歴史のある奉納相撲がなくなりそうになったことがあったという。「何とか奉納相撲を残したい」と神社と氏子がみんなで集まり、近隣の祭りを参考に、氏子ごとに4つの山車を作った。それ以来、奉納相撲とともに、山車のひきまわしがお祭りの恒例となった。今回、3年ぶりの晴天での奉納相撲だという。子どもたちは、お祭りの4日前から土俵にあがる作法やしきたりを学ぶ。近くにいたお母さんに話を聞いたら、子どもたちは普段、相撲中継を見ることもないし、相撲をとることもないけれど、でもこの奉納相撲は恥ずかしいながらも楽しみにしている、ということだった。毎年5日間だけとはいえ、6年生は6年間、相撲に関わる、ということなのだ。土俵を地域の人たちが囲み、一番一番、勝負の行方を見守っている。毎年、この光景がある。氏子総代の方の挨拶の中に「氏神様の土俵」という言葉があったが、ここは氏神様の土俵であり、氏子の土俵だ。なのに排他的なものは何一つ感じられない。それが心に残った。掛川では神事のあと、獅子舞があったり、長唄の手踊りがあったりする。その土地その土地によって、生まれてくるものが違う。どうしてそうした違いが生まれてくるのか不思議だ。そのとき関わっていた人、その土地ならではの何か、そうした何かがきっかけとなり始まり、積み重ねることで伝統となり、文化になるということなのだろう…。 明日は掛川の祭りに戻る。何に出会い、何を感じるのだろう。自分でも楽しみだ。