うかつにもこの歳になって初めて気が付いたが、 今までどれだけおまえ達の犠牲の上に俺は生きてきたか。 第28作『男はつらいよ 寅次郎紙風船』から 「旅先の明け暮れに、この悪い頭でいろいろ考えることがあってな」と前置きした上での寅さんの反省の弁です。この後「さくらにとってはやくざな兄貴、この車家にとっては、大きな恥」と続きます。第28作『寅次郎紙風船』の茶の間のシーンです。それにはこんな理由がありました。 福岡県朝倉市の秋月という美しい名前の土地で、テキ屋仲間が、病にふせっていると聞いた寅さん。そのカラスの常三郎(小沢昭一)の見舞いに行きます。 その女房がマドンナの倉富光枝(音無美紀子)です。常三郎は「万一オレが死んだらくさ、あいつば女房にしてやってくれんと」と寅さんに頼みます。 これまで数多くの映画やドラマで、渥美清さんと共演してきた、小沢昭一さんが、テキ屋の哀れな末路を見事に演じています。 無頼に生きてきたであろう常三郎の最愛の女性・光枝への想い。男の身勝手といえばそれまでですが、小沢さんの名演には、説得力があります。 寅さんが部屋に目をやると壁に、北原白秋の「帰去来」の詩の拓本が張ってあります。「山門(やまと)は我が産土(うぶすな)、雲騰(あが)る南風(はえ)のまほら、飛ばまし今一度(いまひとたび)」。白秋が亡くなる前年の1941年に、故郷の福岡県柳川を思って書いた詩歌です。白秋と常三郎の思郷の念が、さりげないかたちでリンクされています。山田洋次監督の演出が光る名場面です。 テキ屋の末路と、残された女房。寅さんが語る物語に、しんみりする家族。おいちゃんは「死んでいったものはまだいいさ。残された方はもっとつらいんだよ」とぽつりと言います。 喜劇でありながら、人生の永遠のテーマである「生と死」を見据えているのも、このシリーズの奥深いところです。 寅さんは、常三郎の遺言を真剣に考え、テキ屋ではいけないと、とある会社の就職試験を受けることとなります。博は「一体どんな人なんだろうなぁ、兄さんをここまでの気持ちにさせた人は?」と、まだ見ぬ光枝に、思いをはせます。寅さんの気持ちはいつしか恋心になり、悲喜こもごもの物語が展開していくのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |