忘れるってのは本当にいいことだな。
　　　　　　　　　　　　　　　　　第27作『男はつらいよ　浪花の恋の寅次郎』から
　寅さんは江戸っ子です。苦手のものは関西弁と薄味の料理です。その寅さんが、大阪は通天閣の近く、新世界に、長逗留（とうりゅう）したことがあります。寅さんとディープな大阪、一見似つかわしくない組み合わせですが、その理由は、美しい女性に恋をしたから、ということであれば話は別です。
　松坂慶子さんが、北の新地に咲いた美しい浪花芸者・浜田ふみを演じた第27作『浪花の恋の寅次郎』は、味わい深い、しっとりとした大人の恋の物語です。
　瀬戸内海の大崎下島、広島県呉市豊浜町で、寅さんが、おばあちゃんの墓参りをしているふみと出会います。大阪で働いているというふみを、寅さんはその雰囲気から、工場勤めか、OLかと勘違いしてしまいます。
　しばらくして東大阪の石切剣箭神社で啖呵売をしている寅さん、大阪では調子が出ずに「あきらめて東京に帰るか」と弱気になっているときに、芸者姿の華やかなふみと再会します。
　そこから寅さんの楽しい日々となるわけですが、ある日ふみから、幼いときに別れたままの弟が、大阪で働いていると聞いた寅さんは、「こんな広い世の中に、たった二人きりの姉弟じゃねぇか」と一緒に会いに行こうと、江戸っ子らしく、すぐに行動するのです。
　しかし此花区の工場に、弟を訪ねたふみと寅さんは、弟・英男の急逝を聞かされます。幼い頃のイメージしかないふみは、工場の仲間たちや、いいなずけの信子（マキノ佐代子）から、英夫の生きていた証を実感することができるのです。つらく悲しいことですが、英夫の思い出を持つ人々の美しい心が感じられる名場面です。
　その夜、お座敷帰りのふみが、寅さんの宿に来て「あの娘、かわいそうやね」とこれからの信子を想い涙します。
　そこで寅さんは「そりゃ今は悲しいだろうけどさ。ね、月日がたちゃどんどん忘れていくもんなんだよ」と包み込むように言ってくれるのです。信子の将来を考えればそうかもしれない、しかし弟にとっては、それは切ない。ふみの悲しみに、寅さんは、優しく寄り添ってくれます。これも愛なのだと、ぼくは思います。
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　誤字脱字写し間違いあります。