そりゃこっちが惚れてる分、 向こうもこっちに惚れてくれりゃ、 世の中に失恋なんてのは、なくなっちゃうからな。 第29作『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』から 確かにその通りです。こと色恋のことに関して言えば、寅さんはオーソリティーであります。この後「そうはいかないもんな」と経験者の実感をしみじみ話してくれます。 これは、第29作『寅次郎あじさいの恋』で、想い人が結婚することになり、失恋してしまったマドンナ、かがり(いしだあゆみ)を励ますときのことばです。 二人が出会ったのは、京都は五条坂にある人間国宝の陶芸家・加納作次郎(13代目片岡仁左衛門)のアトリエです。寅さんは、ひょんなことから作次郎と出会い、加納宅へ泊ったのです。かがりは、作次郎宅で働いている、憂いのある和服が似合う女性です。 余談ですが、加納作次郎宅は、五条坂にある河井寛二郎記念館で外観と二階の撮影が行われています。映画を観ると、寅さんやかがりたちが芝居をする一階は記念館で撮影したと思ってしまいますが、実は美術の出川三男さんが、大船撮影所に完璧に再現したセットです。 2012年、京都南座で開催された「山田洋次の軌跡」展の際に、河井寛二郎記念館に立ち寄り、山田組の再現力に驚きました。 作次郎は「土に触っているうちに自然に形が生まれてくるんや」と作陶について語ります。また寅さんが、別れ際に作次郎からもらった茶碗をぞんざいに扱って、周りをヒヤヒヤさせたときに作次郎は「いずれは割れるもんや、焼もんは」と達観を見せます。 しかし、作次郎をもってしても、微妙な女性心理まではわかりません。失恋をしたかがりに「人間というもんはな、ここぞという時には、全身のエネルギーを込めてぶつかって行かなんだらあかへん」としかります。 翌朝、かがりが実家へ帰ったことを聞かされた寅さんは、丹後半島は伊根町までかがりを訪ねます。 寅さんは「誰を恨むってわけにはいかねぇんだよね」と優しいことばをかけます。夕方、海を眺めながらたたずむ二人のショットが美しいです。この夜、寅さんを男性として意識した、かがりの熱い想いが募って、ドキッとするような大人の恋物語が展開していくのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |