病室で出会ったスゴイ人たち わずか10日間の入院だったが私の入った病室で凄い人、三人と出会った。 一人目は私より先に入院していた方、この人の向かいのベットに私は入ることになった、障害者の私を見て「私は何でもできるから声掛けてください」とその人は言ってくれました。しゃっくりの音(声?)も気にしなくてもいいと言う。 この人、本を読んだり書き物をしたりしていた。奥さんも気さくな方で話しかけてくれた。二、三日時々雑談したが退院の際、名刺をもらった、名刺にあったアドレスをスマホで検索するとホームページが出てきて「蘇庵」と出ていた。 (いいじゃんにも投稿されている「蘇庵さん」と同室だったのです) 蘇(そ)というのは、1200年以上前、奈良、平安時代の頃、滋養薬として使われ大変な貴重品であったそうで、朝廷、高官に納められ庶民の口に入るものではなかった。 この方は古文書、さまざまな文献で勉強して蘇を再現した方でした、製品は掛川駅で販売しているそうです。(詳しくは蘇庵で検索してください) 二人目は、36歳の若者、ヤマハ発動機で無人ヘリコプター開発に関わる仕事をしている人、無人ヘリコプターと言うと福島原発の上空を飛び活躍したのを思い出すが海外での需要が多く忙しそうだった。彼は一泊しただけで他の病室に移って行ったので多くの話しはできなかったが凄い人だと思った。 もう一人は86歳のオジサンだったが京都大学医学部を卒業して外科医をやっていた方、豊田市で開業していたのでプレスで落とした指をつないだとか話してくれ潰れた手を見て治らないと言うと「やぶ医者」と言われたりもしたという。現在86歳のお爺さんでも学生時代、京都大学医学部に誰でも入れたわけではないだろう。やっぱり凄い人だと思った。 私が始め案内された病室はここではなかった。最初に入った病室でベットに移ろうと手をついたら、ふかふかのマットだった「俺はこれでは寝れない硬いマットに替えてくれ」と頼んだ。すると、マットを替えるのではなく、病室を移動してくれたのだった。お蔭で凄い人たちと出会えることができた運が良かったのです。 偶然も重なって、この人たちと短時間だが出会えたのは普段、外部との接触があまりない私にとってはこの入院はラッキーだったのではないかと思っています。 |