2019年11月28日(木) 

 

 

>外から来た思想に対しては排他的で、外国人は寛容に受け入れる。(つづく 編集担当:米原裕子)

 

中国人は、自分たちの考えを示すために漢字を作ってきた。しかし、外国人の考えを示すためには漢字を作らなかった。だから、外国人の考えは受け入れにくい。だが、外国人そのものは受け入れる。だから、彼らは多民族国家をつくっています。

 

>7.イデオロギーが軽薄で頼りない。

>これは日本の政治の世界で際立って見受けられる。

>真っ向から対立しているように見える自民党と民主党ではあるが、政治理念はほぼ同じだ。

 

そうですね。或るのは序列系列の違いに基づく対立ですね。

 

>だからこそ、2006年に小泉純一郎元首相が郵政民営化を掲げて、選挙で劇的な勝利を手に入れることができたのである。

>8.感情的で好戦的である。

>中国への侵略、どこまでも自制心が効かず、戦争を拡大させ、南京大虐殺という悲劇をも生んだことがいい証拠である。

 

日本人には批判精神 (critical thinking) というものがない。だから、暴走に歯止めがかからない。自然消滅を待つばかり。

批判精神を表すには、’あるべき姿’ (things as they should be) と ‘今ある姿’ (things as they are) の内容の比較が必要になります。日本人には ‘今ある姿’ (現実) があって、’あるべき姿’ (非現実) の内容がない。だから、批判の比較はなりたたない。それで、批判精神は想定外になっています。

 

>9.外交・経済政策において、戦略性に欠ける。

>クラーク氏は日本の外交ははっきりと定まった理念がなく、典型的な日和見主義であると主張。

 

日本人には、意思がない。意思のあるところに、方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人は、仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。高見の見物・待ちの政治が多い。

 

>また、経済政策においても短絡的で、日本経済の10年にも及ぶ停滞を招いた主な原因もそこにある。

 

日本人に理念 (idea) は無い。日本語は、現実描写の為の言葉である。しかるに、理念は非現実 (考え) の内容であるから、日本人にとって理念は想定外になっている。そして、その政策も ‘行き当たりばったり’ (happy-go-lucky) になっている。

 

>10.合理性に欠ける。

>例えば、日本には整った義務教育のシステムがあるにもかかわらず、大学教育となるとありきたりである。

 

‘(略) しかしいったん、大学に入れば、控えめに表現しても、成績と出席の基準はたるんでいる。大学を含め、日本の子供たちが習うものごとの中核は、主として十八歳までに吸収される。’ (フランク・ギブニー)

 

>日本に合理主義というものは存在しない。

 

矛盾を含まない全ての文章は、正しい考えを示している。だから、正解は一つではない。人の考えはさまざまである。

矛盾を含む文章も、その矛盾を取り除けば正しい考えに変わる。このためには、対話・議論が有効である。我々は、これらの手段を盛んにしなくてはならない。

 

 

>周りの影響を受けずに、真に独立した考えができる知識人がいない。

 

日本人は絶えず空気を読んでいる。だから、周りの影響を受けずにはいられない。

 

>11.政府の力が弱く、派閥争いが目立つ。

 

考え (非現実) の内容は、哲学になる。政治に関する考えは、政治哲学になる。日本人には、政治哲学がない。

全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。

 

>日本は中央政府がなくても、地方自治だけで十分賄えるとクラーク氏は言っている。

>12.道徳観念は根本的に恥を重視し、罪悪感は重視されない。

 

日本人には意思がない。だから、加害者意識もない。罪の意識もない。あるのは被害者意識だけである。

 

>日本人は礼儀正しく、よく笑い、規律を守り、人に対して誠実であるにもかかわらず、過去の罪に対しては、目をそむけ真剣に向き合わない。

 

日本人は、自己判断ができない。だから、その行動に支障をきたさないように、あらかじめ作法というものを教え込んでおく。だが、罪に対する作法はない。罪は意思から派生するが、日本人には意思がない。意思は、未来時制の文章内容である。だが、日本語の文法には、時制というものがない。だから、日本語の脳裏には未来時制は無く、日本人には意思がない。

 

>その理由はこの道徳観にある。

>13.日本人は法律が嫌いである。>これに関しては、不思議がる人もいるだろう。>なぜなら日本はアジアの中だけで考えても、法治国家に属する。>レゴリー・クラーク氏は、日本人は西洋人と比べて内々に事を解決することを好み、止む終えない場合だけ裁判を起こすのだと主張した。

 

日本人は内内を大切にし、公 (おおやけ) を好まない。日本人には恣意 (私意・我儘・身勝手) があって意思がない。意思 (will) は未来時制の文章内容になり意味があるが、恣意 (self-will) はバラバラな単語 (小言・片言・独り言) のままで存在するので意味がない。だから、議論にはならないで談合 (腹の探り合い) になる。

 

> (編集担当:米原裕子) 

 

 

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閲覧数67 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/11/28 08:12
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