2025年12月12日(金) 

 

>WEB Voice   >「国民に覚醒を呼び掛けてほしい」元衆議院議長が高市早苗首相に求めること   >WEB Voiceによるストーリー・   >13時間・   

>多党化が進み政局が混迷するいま、 宰相には何が求められるのか。   

>難局が続く自民党の進むべき道と、 高市早苗新総理に課せられた使命とは。   

>そして、 この内憂外患の時代に 「保守」 政治家が果たすべき役割とは――。   

>衆議院議長などを歴任し、 2021年に政界を引退した伊吹文明氏に聞いた。   

>(聞き手:編集部、写真:稲垣徳文)   

>※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。   

>高市総裁への期待と懸念   

>――2025年10月4日、自民党の総裁選が行なわれ、高市早苗元経済安全保障担当相が新総裁に選出されました。   

>伊吹先生は昨年の総裁選が行なわれる前には「国民の意識を変えるリーダーシップ」の重要性を強調されていましたが、高市総裁には何を期待されますか。    

>【伊吹】総裁選を振り返ると、各候補者が同じように「物価を上回る賃金を実現する」「強い日本経済をつくる」などと発言していました。   

>「強い経済」とは何かと考えると、一つには高度経済成長期のように労働生産性が他国と比べて高く、また国民のあいだで活気のある状況だと定義できるでしょう。    

>わが国のいまの経済状況を見れば、積極的に設備投資をすることで時間単位の生産性を高めるとともに、国民一人ひとりが目的のために頑張って働くよう意識が変革しなければ、各国に対抗できる経済は再生できません。   

>新しい政治リーダーには、できるかぎり条件や環境を整えることを約束したうえで、国の将来は国民の皆さまの双肩にかかっていることを率直に述べ、日本をいま一度世界のなかで存在感のある国にするために、ともに歩んでいこうと呼びかけられる人であってほしい。それが私の願いです。    

>――裏を返せば、その呼びかけを聞いた国民が、この人であればついていこうと感じられる政治指導者が求められている、ということですね。    

>【伊吹】少なくとも、国民の皆さまが「自分たちの未来を切り拓いてくれる」と予感できる政治家でなければいけない。   

>もちろん、権力の上に胡坐をかいたり、政治家である以前に世間様に顔向けできないようなことをしたりしている人間では共感を得られませんし、理論的には正しい主張を呼びかけても誰もついてこないでしょう。    

 

日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任のない人には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]   

 

>歴史を振り返れば、アメリカのケネディ大統領は大統領就任演説の際に、国民に対して「国が自分に何をしてくれるかではなく、自分が国のために何ができるかを考えてほしい」と訴えかけています。   

>また、イギリスのサッチャー首相は国民に向けて「政府だけでは力は限られ、国民の支持があってこそ成功する」というメッセージを投げかけている。   

>政治が国家の未来に対して大きな責任を負っているのは事実ですが、国とは国民の存在から成り立っているわけで、ケネディもサッチャーもだからこそ国民に協力を呼びかけた。   

>そして、この二人は国民を納得させられるだけのリーダーシップを備えていた。   

>現在の内憂外患の時代、まさしく政治指導者に求められる資質ではないでしょうか。   

 

そうですね。政治指導者が大切ですね。     

 

>――先ほど例に挙げた高度経済成長期にしても、国民の力が成し遂げた事例と言えるでしょう。   

>【伊吹】当時の日本は現在ほど豊かではなく、アメリカの生活水準に憧れていた時代でした。   

>そこで池田勇人首相が「所得倍増計画」というスローガンを打ち出し、国民のあいだで「自分たちも(家電の)『三種の神器』をもてるんじゃないか」「頑張ればいい家に住めるはず」という空気が醸成されたのです。   

>当時と現在ではさまざまな環境が違いますから、ただ昔を回顧するだけでは意味がありません。   

>それでも、日本をふたたび世界のなかで存在感ある国にするには、政治家と国民が同じ方向を目がけて進んでいかなければいけません。    

>――その意味では、高市総裁が総裁選に勝利したあとの両院議員総会で、自民党の議員に向けて「ワークライフバランスを捨てて働く」などと決意を表明した発言は、物議を醸した一方で、新総裁の覚悟に共感したと反応した国民もいました。>伊吹先生は政治家としての高市総裁をどう評価されていますか。   

>【伊吹】よく勉強されているのは間違いありません。    

>あとは、ご自身の政治家としての理想を実現するための能力があるかどうかでしょう。   

>それは政権担当能力とも言えますが、確たる理想をもつのであれば、さまざまな現実の制約のなかでいかに我慢しながら、たとえ歩みは遅くとも一歩ずつ地道に着実に進んでいく。    

>高市総裁にこれから求められるのはその力であり、その意味では、あまり性急に物事を運ばないようにお願いしたいですね。    

>一つ懸念を申し上げるならば、高市総裁に与野党問わずどれだけの人脈的な広がりがあるのか、ということです。    

>石破(茂)前総裁も彼を助けてくれる周囲の人間が非常に少なかった印象で、結局はかなり苦労された。   

>高市総裁の場合も、党役員人事を見るとかなり偏った人選であり、公明党の連立離脱にしても人間関係が希薄であったことと無縁ではないでしょう。    

>人にはそれぞれ得手不得手があります。    

>とくに政治については、ビジョンや政策は一人の頭のなかで考えられる。    

>その点について高市総裁はじつに真面目な政治家ですが、ビジョンや政策を実現するには人間関係が求められます。    

>もしも高市総裁が、当たり前のように公明党との連立は継続すると考えていたのであれば、権力を行使するうえでは周囲の人間関係への目配りや心配りが大切になることを、この機に自覚されたのではないでしょうか。    

>その後、日本維新の会とのあいだで連立を合意しましたので、高市総理には引き続き安定した協力関係を構築するために、人間関係を育む力が問われます。    

>――政治を動かすためには現実の問題として権力が必要ですが、その権力を一人あるいは少数で行使するには限界がある、ということでしょうか。    

>【伊吹】繰り返すようですが、政治は一人ではできない。   

>いろいろな人の力を借りなければいけませんが、これはあらゆる仕事、さらに言えば人の生き方に通ずる話でしょう。    

>池波正太郎さんは随筆で、人間は一人で世を渡ることはできないと書いていますが、世を渡るうえで助けてくれた人への感謝の気持ちを5年、10年、20年にわたって抱き続けて接することで、人間関係は生まれる。    

>インスタントラーメンをつくるみたいには人との繋がりはつくれませんし、そんなに簡単にできた人間関係であれば、いざというときに馬脚をあらわしますよ。    

>いま「保守」が果たすべき役割    

>――今後の政局がどう推移しようとも、単独過半数を獲得している政党が存在せず、まさに政党間の関係や繋がりをどうつくるかが焦点になるでしょう。    

>多党化時代と言われる現状について、伊吹先生はどう見ていますか。    

>【伊吹】日本という国が随分と豊かになり、価値観を自由に主張できるような社会になっていますから、ある意味では多党化が進むのは必然だとする見方があるでしょう。    

>ですが、日本の選挙制度は小選挙区と比例代表の並立制で、比例代表では多党化の方向に進みがちですが、小選挙区についてはまだわかりません。    

>現時点で「連立の時代の到来」などと決めつけて本当によいものか。    

>ヨーロッパでは、ほとんどの国が選挙制度としては比例代表制を採用していると同時に、キリスト教文化ですから「天にまします神とわれわれを繋ぐのはキリスト唯一人」という文化が確立されています。   

>それが個人の自己主張を是とする文化を生み出し、昨今の多党化の背景にあるのではないか。   

>それに対して日本は、八百万の神々を信仰する農耕民族でした。   

>鎮守の森に皆で集まり五穀豊穣をお恵みでいただいたことに感謝するなど、個人よりも共同体を大切にする国民性です。    

 

そうですね。個人の主張は弱いですね。   

 

>日本人の国民性・文化は、ともすれば同調圧力を生みますが、それでも私は誇るべき協調・協力の美徳だと思う。   

 

そうですね。協調・協力は美徳でありますが、危険な一面もありますね。   

阿呆は戦争大好きで亡国の精神の持ち主である。「戦は時の運」とか「戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして破るるは、国民の魂も失う真の亡国なり」という言葉があって、わかっちゃいるけどやめられない。ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ 、、、、、 

 

>そうした文化の違いから、日本もヨーロッパと同じく個人が際限なく自己主張を強め、その結果として多党化や連立の時代が来るのか、私はもう少し落ち着いて予測したほうがよいのではないかとする立場です。

 

日本人は無哲学・能天気ですからね。自己主張を強めることはできないでしょうね。   

 

>――とはいえ議席数を見ても、依然として比較第一党ではあるものの、自民党がかつてのような存在感を発揮できない時代が訪れているのは事実でしょう。   

>これからの自民党には何を求めますか。   

>【伊吹】自由と民主主義には、主役が人間ゆえのどうしても避け得ない欠点があります。    

>自由はともすれば我儘と区別がつかない人がいる。    

 

自由とは意思の自由のことである。だが、日本人には意思がない。だから、自由そのものにも意味がない。   

日本人には恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。恣意の自由はどこの国でも認められない。これは自由のはき違えとなる。不自由を常と思えば不足なし。日本人の昔と今は変わらない。   

 

>手段を選ばず競争に勝てばよいとする勝者の論理が社会を覆いかねません。    

>民主主義はポピュリズムに陥る危険性をつねにはらんでいる。   

 

数合わせですね。   

 

>これらの欠点が社会の分断というかたちで世界的な課題として浮上しているわけで、それをどう克服するかが、保守にもリベラルにも突きつけられている大テーマですが、私はいまこそ保守が果たすべき役割が大きいと考えています。   

>保守とは人間の理性を大切にしたうえで、物事を判断するときには、自分は間違えるかもしれないというきわめて謙虚な姿勢をつねにもつ思想だとするのが、私の定義です。   

>だからこそ、いま生きている私たちだけの判断でなく、長年にわたって祖先が積み上げてきた文化や伝統、規範に立ち戻って考えていく。   

>このように謙虚で慎重で、懐が深く、異なる考えや価値観を許容するのが保守であるとすれば、ポピュリズムや排外主義に対する防波堤になりうるでしょう。   

>私に言わせれば、他者を攻撃したり排他的な自国第一主義を掲げたりするのは本来の保守ではありません。     

 

そうですね。  

 

>ただ、いまでは保守という言葉の定義がじつに曖昧なまま使われている。    

>だからこそ、ともすれば極端な方向に流れていきかねない。    

>具体的には、先の総裁選では7月の参院選でシングルイシューをポピュリズム的に主張する政党に票が流れたから、それを取り戻すという議員や党員の心理が高市総裁誕生の原動力と言われています。    

>しかし、自民党が今回の件に限らず易きに流れれば、今度は穏健保守や中道リベラルの支持を失うでしょうから、高市総裁にはバランス感覚を意識した舵取りが求められます。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数33 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/12 04:27
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