minonさん、コメントありがとうございます。実は私の叔父さんもここに祀られているのです。お袋が言ってました。20歳から28歳まで兵隊に行き戦死したのでかわいそうなので神社で祀ってくれるので遺品として帽子を出したと言うので帽子があるか探しましたがありませんでした。一度は戦地から帰り二度目の召集で豊橋駅まで家族で送って行き、駅に汽車が入ってきて乗り込む時義理の姉であるお袋が「元気で帰って来るだよ。」と言ったら叔父さんは「あの弾の中を行くんだからな。」と言って乗り込んだそうです。乗り込むとすだれが降ろされ中が見えなくなり汽車は出て行き、気の毒だったとお袋は言ってました。
minonさんの言う通り忘れてはいけない人達です。年に一度でも祀られ平和の尊さを伝えて行かなければならないと思います。
期間は短かったがいじめられ続けられた大正の人達の頑張りが日本を復興させ、今があると思います。
















