俺から恋を取ってしまったら、何が残るんだ。 第30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』から 寅さんは江戸前の男です。落語の登場人物のように「見立て」が得意です。例えば、第19作『寅次郎夢枕』で、米倉斉加年さんふんする大学助教授・岡倉金之助を「夏の日のドブ板じゃねぇけどもな」とののしるシーンがあります。そっくり返っている「日向のドブ板」とは落語や講談で、「てんぐになること」の見立てです。 その言い回しのおかしさは、天才俳優・渥美清さんの持ち味であり、寅さんらしさでもあります。 さて、寅さんは、年がら年中恋をしているイメージがあります。美しい女性には、間違いなく一目ぼれをします。意中のマドンナの幸せを願って、奮闘努力をいとわない人です。 第30作『花も嵐も寅次郎』は、天下の二枚目、ジュリーこと沢田研二さんがゲスト出演。寅さんに恋の指南を受けるという、意外や意外の物語です。九州の湯平温泉で、寅さんは親孝行の三郎(沢田)の母の法事を取り仕切ります。寅さんと三郎は、旅館で出会った小川螢子(田中裕子)と楽しい旅を続けますが、三郎は螢子に一目ぼれ。 寅さんがキューピッド役を買って出ますが、螢子は三郎が「あんまり二枚目だもん」と断ります。それを聞いた三郎が「寅さん、男は顔ですか」と詰め寄ります。三枚目の寅さんに、二枚目のジュリーが言うのですから、劇場は爆笑に包まれました。 螢子への思慕がつのるばかりの三郎は、寅さんにこうも聞きます。「寅さん、寅さんは恋をしたことがありますか」。ぼくたちには、何を今さら、ではありますが、三郎少年は真剣です。そこで寅さん「おい、こら、おまえは誰に聞いてるんだ」とぶぜんと答えます。 このときの寅さんの余裕の表情が実におかしいです。「俺から恋を取ってしまったら、何が残るんだ」。ごもっともです。寅さんは、恋をしない自分は「三度三度飯を食って屁をこいて糞(くそ)をたれる機械。つまりは造糞(ぞうふん)機だよ」と言うのです。 これも、寅さんらしい「見立てことば」です。いささか下品でありますが、それほど寅さんは、恋に真剣だということでもあります。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |