2021年02月22日(月) 

 

 

>ボケが来るほど平和であるならこの上なにを望むのか、そうも言えよう。>しかしそのような状況は果たして人類にとって不可能である。>たとえば戦後の日本は本当に平和であったのだろうか、否。 >日本は人類史上最悪の戦争である冷戦下においてアメリカという名の防空壕に隠れ目と耳と口をふさいでいたに過ぎない。  

 

見ることのできる内容は本当の事である。見ることのできない内容は ‘嘘’ である。誰しも嘘つきにはなりたくない。だから、自分の非現実 (考え) は語らない。これが、日本人の思考停止の原因である。日本語には、非現実 (考え) の内容を綴る為の時制のある構文がない。

現実の内容は頭の外にある。だから、見ることが可能である。見ればわかる。だから、考える必要はない。これは楽ちんである。正解はただ一つである。

非現実 (考え) の内容は頭の中にある。だから、見ることができない。それは、ただの話である。その内容を知るには文法に基づいて文章の内容を理解しなくてはならない。これは、骨の折れる仕事である。だから、通常、日本人は理解をしない。忖度 (推察) で代用して済ませている。どうしても必要な判断は丸投げして他人に任せる。

理解と忖度は似て非なるものであるから注意が必要である。忖度 (推察) は聞き手の勝手な解釈であるから、話し手には何の責任もない。たとえ両者の間に齟齬が存在しても議論にもならない。現実直視になっていないことを忖度の主に指摘しても、'だって、私は本当にそう思ったのだから仕方がないではないか' と懸命に反発するので取りつく島がない。かくして、日本人の対話は成立しない。     

 

>否、もとより「平和」などという軽薄な言葉はこのような狸寝入りに似つかわしい。>戦後日本は朝鮮戦争の軍需工業により復興を遂げた。   

 

そうですね。わが国は技術立国を経て経済大国になりましたね。   

 

>朝鮮半島を焼け野原にした兵器は日本人の手によって作られたのである。 >その後日本がアメリカの庇護の下でぬくぬくと経済成長を果たす傍らで冷戦体制の底辺に置かれた弱小国は欧米に蹂躙され続けてきた。>その資金源こそ経済大国と祀り上げられた日本である。>日本は間接的であれ第三国にとっての加害者であり続けたのである。   

 

日本人には意思がない。だから、その行動は受動的であって、能動がない。精神的に被害者意識があって、加害者意識がない。これは ‘罪の意識’ がないということである。だから、深刻な ‘罪の意識’ に苛まれて心の救済を求める事態には至らない。そして、贖罪の為の宗教 (キリスト教) は、わが国では勢力を持つことはない。日本人に免罪符は必要ない。罪の話に集中しない宗教である仏教・神道に人々は集まっている。大人の身体をしていながら罪の意識を持たない人間を見るのは恨めしい。’うらめしやー’ と化けて出るのは日本人だけであろう。

日本人の宗教には、儀式 (作法) ばかりがあって、教義 (考え) というものがない。だから、作法ばかりにこだわって、これを励行する。子供の時には宮参り。結婚式はキリスト教。葬式は仏式でやる。全ての行為は、気分・雰囲気で決めらてれる。思考を停止している世の中では、作法を墨守するしか自己を顕示する方法がない。   

 

>我々が平和と名づけて拝するものはどう贔屓目に見てもこの程度である。 

 

日本人には世界観がない。だから、来るべき世界の内容を想定することがきない。そして、現実の世界は自分さえ良ければになる。処世術に徹する人生になる。    

 

>日本は先進国の一員とされながらも外交能力の評価は非常に低い。

 

そうですね。カレル・ヴァン・ウォルフレン 氏 (Karel van Wolferen) は、<日本・権力構造> (The Enigma of Japanese Power) の<世界にあって世界に属さず>の中で日本の交渉能力について下記の段落のように述べています。

 

アメリカ政府はとくに、中曽根を含む日本の歴代首相との交渉を通し、日本の場合には、政府の公式首長であれ他の誰であれ、実効性のある交渉は不可能だと気づかされた。他の多くの国も今世紀を通して分かったのは、日本の交渉者とは実質的な交渉はできないということだった。日本の交渉者が交渉不能なのは、交渉者のどんな言葉に対しても本国で反対される可能性がつねに存在するためだ。この難しさが、日本に対する戦前の欧米諸国の態度を大方決めたのだった。ある日本外交史の専門家が要約するように-戦前の日本ほど、国際的信頼を得たいという強迫観念にかられながら、世界中から信頼されなかった国はない。交渉の失敗を考えることすらこわがっていたにもかかわらず、日本の指導者も交渉者も交渉は最小限にとどめたし、考えもこり固まっていたので、非難されることは必然的だった。・・・・交渉という交渉で、指導者も外交官もあやまちをくり返すまいと意識して努力したにもかかわらず、結果は何度も何度も同じ落とし穴に落ち込んでしまうのだった。(引用終り)    

 

 

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閲覧数46 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/02/22 23:04
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