畠山哲郎氏 |
>毎日新聞 >中国、日本に「猛烈な抗議」高市首相が靖国神社に真榊奉納 >毎日新聞によるストーリー・ >2時間 > 中国外務省の郭嘉昆副報道局長は21日の記者会見で、高市早苗首相が同日、靖国神社で始まった春季例大祭に合わせ「真榊(まさかき)」と呼ばれる供物を奉納したことについて「断固反対し、厳しく糾弾する」と述べ、日本に「猛烈な抗議」をしたと明らかにした。 > 郭氏は、極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯合祀(ごうし)を靖国神社が続けていることについて「憤りを覚える」と強調。
そうですね。我が国は戦争責任の追及をしていませんね。 我が国の戦死者追悼が靖国神社に丸投げされている現在の状態では、我が国の政府は戦死者の追悼式典も自分の手で満足に行うこともできない。政府の自主性のなさが問題ですね。
日本の政治家らが参拝や供物の奉納などを繰り返してきたと指摘し、「侵略を受けた国に対する挑発で、第二次大戦の勝利の成果に対する挑戦だ」と述べて日本側に「反省」を求めた。
無責任な政府の態度はすぐにも改めるべきですね。対外的な信用問題にもなり放置できませんね。
> 中国の交流サイト(SNS)「微博(ウェイボー)」では、奉納について「誤った道をどんどん進んでいる」といった批判的な意見があった一方、「彼女は尻込みしてしまったと言うべきだ。 >本来は行くつもりだった」といった声もあった。
彼女の尻込みだけでは問題は解決しませんね。根本的なところを国会で議論する必要がありますね。
>【北京・畠山哲郎】
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 高等教育機関において自己の個人的な見解を論文で明らかにし、その独創性を認められれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。
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