富田祥広氏 |
>朝日新聞 >鉱山事故の歴史伝える石碑に塗料か 「被強制連行者」判読できず >朝日新聞社によるストーリー・ >7時間・ > 鳥取県岩美町の荒金鉱山で、太平洋戦争中の1943年9月に起きた事故の概要などが記された現場付近の石碑に、黒い塗料のようなものがついていることが分かった。 >犠牲となった朝鮮半島出身の労働者について「被強制連行者」と記された部分で、文字が判読できない状態になっている。
それは自虐史観は認められないということか。
> 慰霊祭を現地で毎年営んでいる在日本大韓民国民団(民団)県地方本部によると、10日の慰霊祭の前に確認された。 >犠牲者数について記された「朝鮮半島よりの被強制連行者を含む二十八名」という文章の「被強制連行者」の文字に、油状の液体のようなものが固まった状態でついているのが見つかったという。
貴重な史実の勉強になりませんね。 罪のある国には謝罪があり,被害者は謝罪により心の慰めが得られている。罪のない国には謝罪がなく心の慰めは得られない。だから韓国には恨(はん)が存在し、日本では化け物までも‘恨めしや―’ と言って出てくる。心の安らぎを得るためには罪を知ることがその第一歩ですね。
日本人には意思がない。意思にない人間には加害者意識もない。罪の意識もない。だから罪を知らない子供の様なものである。罪の教えは自虐の教えと受け取られ、自虐史観は認められないとしている。あるのは被害者意識だけである。わが国のどの宗教も罪から距離を置いている。
> 関係者によると、1年以上前から同様の状態だったとの話もあり、詳しい経緯は分かっていない。 >同本部は「強い憤りを感じる」として、修復や警察への相談など今後の対応を検討するという。
そうですね。それがよい方法ですね。
> 事故は、県東部で1200人以上が犠牲となった「鳥取地震」により発生。 >土砂などの堆積(たいせき)所の堤が決壊し、下流の住宅や建物などをのみ込んだ。 >日本人や朝鮮半島出身の鉱山労働者、集落の住民ら計65人が犠牲になったとされる。 >石碑は1991年に遺族らが建立した。 >(富田祥広)
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。 イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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