近藤大輔氏 |
>現代ビジネス >日本や韓国を「東夷」、ベトナムなどを「南蛮」と呼ぶ … 隣国を蔑視する中華思想がなぜ受け入れられたのか? >近藤大輔(『現代ビジネス』編集次長)によるストーリー・ 8か月・ >中国人は何を考え、どう行動するのか? >講談社現代新書の新刊『ほんとうの中国 日本人が知らない思考と行動原理』では、日本を代表する中国ウォッチャーが鋭く答えています。 >本記事では、〈なぜ中国では「絶対権力」が正当化されているのか?…日本の統治システムとの「決定的な違い」〉に引き続き、中華思想と冊封体制について詳しくみていきます。 >※本記事は、近藤大介『ほんとうの中国 日本人が知らない思考と行動原理』(講談社現代新書)より抜粋・編集したものです。 >中華思想と冊封体制 >そもそも中国は、なぜ「中国」という国名なのか? >まず「国」の旧字体は「國」で、城をかたどったものだ。 >そのため「中央の城」「中心の城」という意味で「中国」と呼んだ。 >古代には、現在の「国家」の概念はなく、国境線もなかった。 >天子(周代までは王、秦代以降は皇帝)の「威光」が及ぶ範囲を「統治地域」と考えた。 >天子の「威光」は、都から遠方へ行くに従い、グラデーションのように、徐々に薄まっていく。 >そして威光が消えた地点から外は「化外之地」(中華文明の及ばない土地)という意識だった。 >現時点までの発掘で、最も早期に「中国」という文字が現れるのは、いまから約三千年前、周王朝の草創期である。 >1963年に陝西省宝鶏で出土した青銅爵に、「その都を中国へ」(其宅兹中国)と記されていたのだ。 >紀元前1046年ごろ、周の武王が殷王朝を滅ぼし、周王朝は鎬京(現在の陝西省西安付近)に都を構えた。 >だが武王は、「中国」に遷都することをずっと考えていた。 >ここで言う「中国」とは、前述した「中原」の洛邑(現在の河南省洛陽)のことだ。 >それが周代が進むにつれて、「中国」が「中原」と区別がなくなり、「中国」と呼ぶようになったのだ。 >ちなみに英語の「China」は、中国最初の統一王朝である「秦」(Qin)が語源である。 >日本で戦前まで使われていた「支那」の呼称も同様だ。 >いずれにしても、古代の中国人は中華文明を大いに自負していて、自分たちこそが「中央の国」「中心の国」であると考えた。 >その中心は「天子」で、内臣(朝廷の皇族・貴族など)が囲み、その周囲を外臣(地方豪族ら)が囲んだ。 >さらにその周囲を、中国と天子に忠誠を誓った朝貢国(属国)が囲った。 >そして朝貢国も含めて、周囲を東夷・西戎・北狄・南蛮と呼んで蔑視した。 >具体的に現在の国名で言うなら、東夷は韓国・北朝鮮や日本、西戎は中央アジア諸国、北狄はモンゴル、南蛮はベトナムなどだ。 >こうした「華夷秩序」の考えを、中華思想という。 >『老子』徳経ではこう記している。 >〈大国は譬えて見れば川の下流であって、天下の水が集まり来るところである。 >(中略)大国は小国に対して謙下の態度を持することによって、小国の歓心を得てこれを帰服せしめることが出来、一方、小国は大国に対して謙下の態度を取れば、大国の歓心を得てこれに容れられ安堵することが出来る。 >(中略)大国の望みは、多くの人民を兼ね養うを欲するに過ぎず、小国の望みは大国に入り事えて安堵せんことを欲するに過ぎない〉 >中華思想が受け入れられた背景 >中華思想について、周辺国を蔑視する中国人の悪癖だという非難もあるが、古代においては自然に受け入れられていた。 >なぜなら、中国と周辺諸国との「文明の差」は歴然としていたからだ。 >たとえば、「古代世界四大発明」と呼ばれる火薬・羅針盤・紙・印刷術は、すべて中華文明によるものだ。 >私が北京で暮らしていた2009年秋に、新中国建国60周年を記念して、中国科学院が総力を結集した『殿堂入りした中国古代科学技術史 上中下』(未邦訳)という三巻本が発刊された。 >それは、天文学・地学・数学・物理学・農学・生物学・医学・四大発明・陶磁・紡績・建築・鉱物冶金・機械・水利・交通・軍事の計十六分野における古代中国の偉大な発明や技術を、計1112ページにわたって綴ったものだ。
当時の先進国の偉業ですね。
>日本人がまだ竪穴式住居に暮らしていたような時代に、隣国はこんなすごいことを……と、ため息をつきながら通読したものだ。 >実際、古代の日本人は、確率四分の一くらいで海の藻屑となる命懸けの航海にもかかわらず、偉大な中華文明を求めて、遣隋使や遣唐使などを盛んに派遣したのだ。 >漢代には、ヨーロッパに君臨していたローマ帝国までもが、遠路シルクロードを越えて交易を求めたし、中央アジア方面との交易も、二千年以上の長きにわたって続いた。
そうですね。中国は今、過去の栄光を取り戻しつつあるのでしょうね。
>* >さらに〈10年で、半数の大富豪が「消えた」中国の現実…日本とは比較にならない、中国の「ハイリスク社会」〉では、中国の「ハイリスク社会」について詳しくみていきます。
中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。 ・・・・・ 中華 (ちゅうか) [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる] 東夷 (とうい) [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した] 南蛮 (なんばん) [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう) [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき) [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。
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