2026年01月01日(木) 

 

>現代ビジネス   >戦後、空自トップへ登り詰めた「紫電改」の精鋭が、死の間際に遺した「震えるほど切ない一言」   >神立尚紀 (カメラマン・ノンフィクション作家) によるストーリー・   >22時間・   

>太平洋戦争で軍人として最前線で戦ったのは、明治後期から大正、昭和初期までに生まれた人たちだった。   

>戦後80年。   

>当事者のほとんどが鬼籍に入り、「忘れてはならない」の掛け声とはうらはらに、確実に戦争の記憶は遠ざかってゆく。   

>そして終戦後、当事者たちがどのように生きたかということは戦争中の出来事以上に知られていない。   

>だが、戦後、焼け跡からの復興を担ったのもこの世代だ。   

>ここでは、私が30年以上にわたり、直接インタビューした元海軍戦闘機搭乗員の「戦後」をシリーズで振り返る。   

>海軍の戦闘機搭乗員は、戦後50年の平成7(1995)年に1100名が存命だったのが、それから30年が経った令和7(2025)年10月現在、数名の存命が確認できるに過ぎない。    

>最前線に投入された戦闘機搭乗員の8割が戦没した苛烈な戦争を生き延びた彼らは、どのような戦後を過ごしたのか。   

>今回は戦後、航空自衛隊制服組トップの航空幕僚長となった山田良市・元大尉を紹介する。    

>前編記事はこちら<東京五輪の空を見上げて天皇陛下が発した「ひとこと」…「皇統護持」を託された元戦闘機乗りの知られざる「数奇な運命」>

>候補地の選定のため山間の秘境をまわる    

>皇統護持の密命をうけた源田大佐以下三四三空の有志23名はただちに行動を開始、それぞれの役割にしたがって、ほうぼうへ散っていった。   

>しかし山田ら末端の実行部隊には、「皇族の誰をかくまうとか、そういう具体的な話は何も聞かされなかった」という。   

>山田は8月30日、大村基地にあった零戦五二丙型に乗り、村中一夫少尉とともに横須賀へ飛んだ。    

>東京の軍令部作戦部長・富岡定俊少将に連判状を届けるためである。   

>「富岡少将からは、『しっかりやりたまえ』という言葉があったですね。   

>用をすませたあとは、飛行機を横須賀に置いて、汽車で九州に向かいました」    

>九州では、ひとまず源田隊主力のいる熊本県砥用(ともち)に行き、そこから行在所の候補地を調査するため、宮崎県米良などの山間の秘境を歩いてまわった。    

>「熊本、大分、宮崎の三県にまたがって歩きましたが、案外近いもんでした」    

>そして、翌昭和21(1946)年1月には、メンバーの数名とともに活動拠点として長崎の川南工業に就職、はじめは漁労部に配属され、トロール船の航海士となり漁に参加したりしたが、やがて文化部と称する、仕事の実体のない部署に移った。    

>「文化部は、ほんとうにわけのわからん部署。    

>一生懸命、いろんな経済史とか戦史を勉強して給料をもらってました」    

>隊長の妹に結婚を申し込む   

>山田が川南工業にいたのは1年半ほどのことだったが、その間にも情勢はめまぐるしく動いていた。   

>マッカーサーが天皇を認める姿勢を明確にし、天皇が戦犯として訴追されるおそれもなくなり、日本国憲法で象徴天皇制が明記されたことで、皇統護持作戦は事実上、意味を失った。    

 

そうですね。日本語文法には階称 (hierarchy: 言葉遣い) がある。それで日本人には序列メンタリィティがあって皇統護持は譲れない。   

 

>「ぼくはそのあたりあっさりしてますから。憲法は、GHQが日本に強いたインチキだということはわかりましたが、占領政策のもとで私がこれはインチキだと言ってみてもはじまらない。    

 

そうですね。日本人にはインチキしか通用しませんからね。      

 

>しかしもう、皇統護持作戦の目的は完全になくなった、そう思って、源田さんに『お世話になりました。    

>東京に出ます』と。    

>源田さんは何も言いませんでした」   

>東京に出た山田は、知人の水産会社を手伝ったが1年で倒産。    

>その後、映画館の渋谷東宝、荻窪文化劇場の支配人をつとめ、さらに建築会社勤務を経て、昭和29年、航空自衛隊が発足すると即座に志願、旧軍での階級(大尉)に相当する1等空尉で入隊した。   

(略)  

>日本の政治家は軍事のことを知らなすぎる    

>この頃の乗機は、ノースアメリカンF-86Fセイバー。    

>朝鮮戦争で活躍した戦闘機だが、山田は、複葉の九三式中間練習機からF-15イーグルまで、操縦経験のある多くの飛行機のなかでも、紫電改とこのF-86Fが特に好きだったという。    

>「この両機には、不思議と共通する感覚がありました」   

>航空自衛隊で、つねについてまわるのはFX、すなわち次期主力戦闘機選定の問題である。   

>山田はこれまでの経歴を買われ、昭和42(1967)年10月より約50日間、〈新戦闘機選定に関する資料収集のため〉、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアに出張を命じられた。    

>新聞には〈第一次調査団長〉と書かれたが、正しくは資料収集班長、次期戦闘機を事実上決定する役目である。    

>「結局、次期戦闘機はF-4ファントムに決まりました。    

>決まったというより、ファントムしかなかったですね、ほかにいい飛行機がなかったから。    

>ファントムも癖があって必ずしも乗りやすい飛行機じゃないんですが」    

>山田はその後、要職を歴任、昭和54(1979)年8月、制服組最高のポストである航空幕僚長(第15代)に就任した。   

>「空幕長は1年半と15日。    

>べつになんということはありません。   

>上へ行けばいくほど、仕事はおもしろくなくなります。    

>その間にぼくがやったことといえば、スクランブルの戦闘機にミサイルを持たせることにしたぐらい。    

>領空侵犯の敵機を追い払うのに、ガンだけではしようがないですからね」    

>昭和56(1981)年2月、退官。   

>それまでの総飛行時間は4240時間。    

>転勤につぐ転勤で、光子とともに引越した回数はちょうど30回になるという。    

>山田はその後、東京計器株式会社、コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド勤務を経て、リタイヤ後は自宅で、戦史、軍事の研究三昧の日々を送った。    

>「日米安保に反対する人もおるけどね、安全保障はもっと打算的に考えてもいいんじゃないですか。    

>日米安保、守らないと高くつきますよ。    

 

そうですね。   

 

>戦争に負けたから、ダイレクトに軍備は悪、とされてしまいましたが、生きた世界情勢のなかで、それではやっていけません。    

 

そうですね。   

 

>軍事を避けていても、戦争を避けることはできない。   

 

そうですね。   

ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。

これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。日本人のお花畑はもうない。

「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領)

‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’  (マシュー・ポッティンジャー) 

‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相)   

戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。      

わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を見せつけながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。  

 

>――愚者は平和に学び、賢者は戦争に学ぶ、といわれます。    

>戦後のある時期から、日本の政治家は軍事のことを知らなさすぎる。    

>軍事の中身は知らなくても、国の安全保障の意義を知らなくては、世界の笑いものにされますよ」    

 

そうですね。   

 

(略)  

>平成25(2013)年2月27日、死去。   

>享年89。    

>遺言にしたがって、私は山田の弔問をまだすませていない。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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