2026年01月17日(土) 

 

>WEB Voice   >日本は米国に「生殺与奪の権」を握られている? 安全保障を他国に委ね続けた代償   >WEB Voiceの意見・   >12時間・   

>インテリジェンスとは、膨大な情報を分析・評価し、国家の意思決定や危機管理に活用できる形へと昇華させたものである。   

>軍事行動の局面に限らず、外交や長期的な国家戦略を支える基盤として、その重要性は近年いっそう増している。    

 

そうですね。   

 

>一方で日本は、長らくアメリカによる「情報の傘」に支えられてきた。    

>しかし国際情勢が不透明さを増す現在、こうした構造に依存し続けることの限界も指摘されている。    

>本稿では、小泉悠氏と小谷賢氏の著書『戦闘国家』より、その課題を読み解く。   

>※本稿は、小泉悠、小谷賢著『戦闘国家』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです    

>アメリカの「情報の傘」だけに頼ることの危うさ    

>【小谷】欧米諸国では第一次世界大戦あるいは第二次世界大戦を契機に、インテリジェンス機関が制度的に整備・常設化されます。   

>ほとんどの国では、対外情報組織、国内の防諜・保安組織、軍事情報組織の3つが中心となって国家インテリジェンスを運営していきます。    

>たとえば、アメリカであれば順にCIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、DIA (国防情報局)もしくはNSA(国家安全保障局)。    

>イギリスであればMI6(秘密情報部)、MI5(保安部)、GCHQ(政府通信本部)、といった具合です。    

>それらが発展し、現在アメリカでは約18もの情報機関が、イギリスでは6つの情報機関が存在している。   

>こういった情報機関を総称して「インテリジェンス・コミュニティ」と言います。    

>日本では戦後、対外情報組織はなく、国内の保安組織として警察庁警備局、公安調査庁、軍事情報組織として自衛隊の情報本部がインテリジェンス・コミュニティを形成していました。   

>しかし東西冷戦に突入し、日本は基本的に日米同盟のもとで外交・安全保障問題を独自に考える必要性がなかったため、インテリジェンス・コミュニティにも大きな発展が見られなかった。   

 

独自に考える脳作業は常に必要ですね。これは一人前の大人になることです。      

 

>一貫してアメリカの「情報の傘」に依存していたわけです。   

>これが現代日本のインテリジェンス体制の脆弱性につながっています。    

 

そうですね。わが国では、他人の受け売りばかりが発達していますね。   

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)

 

>アメリカの「情報の傘」だけに頼ることがいかに危ういかを示した一つの例が、2003年のイラク戦争でしょう。    

>イラク戦争開始直前、日本はアメリカから、イラクの大量破壊兵器に関する情報を提供されていました。    

>このとき日本は独自に精査することが不可能で、さらにアメリカを支援する以外の選択肢を事実上取ることができなかった。    

>【小泉】自前のインテリジェンス体制をもたない限り、自らの立ち位置を自分で決めていくことはできません。   

 

そうですね。   

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の受け売りを練習するばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

頭を使うということは暗記力を示すことではなく自己の見解を明らかにすることである。高等教育機関に在籍して自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)     

 

>インテリジェンスを他国に完全に依拠することは、少し前に流行った言い方をすれば、「生殺与奪の権」をその国に握られているも同然だということです。    

 

そうですね。属国の気風を排しましょう。      

 

>【小谷】とくに現代のような多極化している世界においては、日本独自の戦略がますます必要になると思われます。   

 

そうですね。自主独立は必要ですね。   

 

>加えて、台湾有事や朝鮮半島有事の危険性も年々高まっている。    

>国内の自然災害やテロへの危機管理に対応するためにも、インテリジェンスを上手く使いこなしていく必要があります。   

 

そうですね。   

 

>自国の安全保障について誤魔化し続けてきた日本は、もはや「耳をふさいだまま」ではいられない状況でしょう。   

 

'敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである'  (昭和天皇)  

 

>【小泉】 日本は自国周辺で起こるリスクについて、自分たちで情報を取得して判断するという姿勢がますます求められてくるでしょうね。    

 

‘自分の身は自分で護れ’ ですね。水と安全はタダではない。   

 

>韓国にしろ台湾にしろ、相当な数の邦人がいます。    

>有事が起こる兆候をなるべく早くつかまなければ、彼らの避難がまずできなくなります。    

>実際、2021年にタリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧した際、日本人の関係者や家族500人が置き去りにされてしまった。    

 

日本人はおっとりしていたのですね。国民の生命と座右さんを護るのは政府の責任ですね。      

 

>日本が有事に巻き込まれるとなれば、必要な避難の規模ははるかに大きくなるでしょう。    

>とくに前線に近い地域の住民の避難は急を要します。    

>その時間的余裕を稼ぐのが、情報力なのではないでしょうか。   

 

そうですね。   

 

>カウンター・インテリジェンスの重要性   

>【小谷】また、情報は収集するだけではなく、守ることも大切です。    

>要は、防諜(カウンター・インテリジェンス)と言われる、外国の情報機関によるスパイ発動、技術窃取、内部工作などを発見・防止・無力化する活動です。    

>東西冷戦が終わるとともに世界を取り巻く情勢が大きく変わり、それに伴ってインテリェンスの環境も変化しています。    

>まず、脅威の対象が従来の国家に加え、テロリストや武装集団などの非国家主体が加わったこと。    

>これにより戦争だけではなく、破壊や攪乱などの謀略活動が行なわれるようになっています。    

>また、20世紀までは軍事的優位が争われていましたが、21世紀に入り経済的優位が国家存立の重要なファクターとなり始めました。    

>そのため軍事や外交だけでなく、経済、金融、科学情報など多岐にわたる分野の情報に、国として目を光らせなければならなくなっています。    

 

そうですね。   

 

>【小泉】いちばん大きな変化は、IT技術の発達・普及ではないでしょうか。    

>つまり、「戦いの場」がサイバー空間というとてつもなく広い領域に広がったのです。    

>サイバーテロや偽情報工作の危険につねにさらされるようになっています。    

>【小谷】ええ。    

>サイバー空間においては攻撃の主体の特定が難しく、しかも瞬時に攻撃や偽情報の流布を達成でき、さらに瞬時に世界的な影響を与えることが可能なわけです。    

>欧米においてサイバーセキュリティを担うのは、インテリジェンス機関とされています。    

>その理由はインテリジェンスとサイバー空間での行為はともに国際法で規定されていないグレーソーンの領域なので両者の親和性は高く、さらにインテリジェンス機関は高い技術力も持っているからです。    

>他方、日本ではサイバーセキュリティは技術領域、つまり技術に詳しいエンジニアに任せておけばいいという考えが根強く、最近まで国も本腰を入れてきませんでした。    

>そもそも日本には本格的な通信傍受を行なう組織も存在していませんので、サイバーセキュリティを担うべき母体もない状況です。    

>ごく最近になってようやく、警察と自衛隊による能動的サイバー防御の体制が構築されたところです。   

 

日本人は知的活動が苦手ですからね。学校で他人の受け売りばかりを練習していますから、自己独自の見解を明らかにすることには長けていない。      

 

我が国は未成年者の学習成績に基づいて作られる人間の序列により非常に便利な不便な国になっていますね。  

日本では子供が熱心に勉強する。子供の勉強は他人の受け売りとその後追いである。学習に成功して子供は日本で通じる序列順位を獲得することができる。   

アメリカでは大人が熱心に勉強する。大人の勉強は自己の個人的見解を明らかにすることにある。高等教育機関で学ぶことにより学習に成功して世界に通じる学位 (博士号など) を得ることができる。      

このような事情で、日米が戦争をすると子供と大人の戦争になる。   

<日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数23 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/01/17 13:32
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