2026年02月17日(火) 

 

>現代ビジネス   >人間は「頭の中で考える」ことはやめるべき … 大学教授がそう断言する理由   >尾崎俊介 (愛知教育大学教授) の意見・   >11か月・   

>学期末や卒業前になると噴出する「レポート・論文ってどう書いたらいいんだろう」という疑問――。    

>テーマをどう選べばいいか、なぜ文章が書き出せないのか、良い論文と悪い論文の決定的な違いとは、絶対やっちゃダメなこととは……新刊『ゼロから始める 無敵のレポート・論文術』では、指導経験豊富な大学教授が「極意」を書き尽くしている。    

>※本記事は尾崎俊介『ゼロから始める 無敵のレポート・論文術』から抜粋・編集したものです。    

>テーマも決まり、関連する資料も集め、集めた資料も少しは読み出した、と仮定しましょう。    

>さて、次はどうするか?    

>次にやるべきことは、「紙に書き出す」ことです。    

>リンカーン・ライムに倣う    

>私が愛読するサスペンス作家、ジェフリー・ディーヴァーの作品に登場するリンカーン・ライムという探偵は、ある事件を担当すると、大きなホワイトボードに犯人の手口や入手した証拠物件、目撃情報など、犯人特定の手がかりとなりそうなありとあらゆることを箇条書きにし、そこに書き出された諸項目を何度も見直すことで推理を進めていきます。    

>私は手持ちのネタをすべて書き出すというリンカーン・ライムの捜査手法にいつも感心するのですが、この方法は犯人捜査のためだけでなく、論文作成のノウハウとしても非常に有効だと思います。    

>論文を書くことに慣れていない人がしばしば犯す誤りは、「人間は頭の中で考える」と思い込むことです。    

>人は普通、論文を書くとなれば、①まず頭の中で情報を整理し、②問題点を突き止め、③あれこれ考察し、④結論を出し、⑤最後にそれら一連の工程を文章にまとめて紙に書き出すものだ、と思い込んでいるんですね。    

>しかし、それは大きな誤りです。    

>これは私の経験からいうのですが、人間というものは頭の外でしか考えられません。    

>つまり、紙に書き出してはじめて、それはその人の思考といえるものになるのです。    

>よく「頭の中にはすばらしいアイディアがあるのだが、それをうまく文章化できない」などという人がいますが、実際には紙の上に書き出された内容の薄い文章こそ、その人の思考の実体です。    

>残念ながら、紙の上に書き出されたもの以上にすばらしいアイディアなど、どこにも存在しませんし、文章として紙の上に綴ったもの以上にその人の思考内容を正確に表すものなどないのです。    

>ですから、論文を書くにあたって、頭の中で考えることをまずやめましょう。    

>すべて頭の外で、つまり紙の上で考えましょう。    

>間違っても、「頭の中である程度考えがまとまってきたら書き出そう」などと思ってはいけません。    

>とにかく何はともあれ、紙に書き出す。    

>考えがまとまる前に書き出す。    

>このことをまずは心がけてください。    

>まず何を書き出すか    

>それでは、まだ資料の読み込みも完全に終わっていない状態で、いったい何を紙に書き出せばいいのか?    

>簡単なことです。    

>まずはその時点における手持ちのネタを全部、一枚の紙の上に書き出せばいいのです。   

>どのような論文テーマであれ、とにかくテーマを設定し、それに関して少しでも調べ出せば、調べてみてわかったことや、これから調べてみたいことなどが次々に蓄積してくるはず。    

>これら一つひとつは、要するに、これから論文へと成長していくネタです。    

>で、このネタの数がある程度溜まってきたら、それらをいったん、一枚の紙の上にすべて書き出してみる。    

>要は頭の中にあるアイディアの切れ端を、洗いざらい紙の上にぶちまけて、「ネタ帳」ならぬ「ネタ・カード」とでもいうべきものを作ってみようというわけです。    

>ここで重要なのは、「一枚の紙の上に」というところ。    

>なぜ一枚の紙かというと、何枚もの紙に書き出したのでは一度に目を通すことができず、全体像を把握することができないから。    

>先ほど例に挙げた天才探偵リンカーン・ライムが、捜査の過程で得た情報や証拠物件などを大きなホワイトボード一つに書き出していたことを思い出してください。    

>全体をひと目で見渡せるというところがミソなのです。   

 

そうですね。   

 

>ですから、書き出す項目一つひとつは短いメモ的なものでかまいません。    

>自分がこれから書こうと思っている事柄に、小見出しをつけるようなつもりで書き出していけばいいのです。    

>とはいえ、こういうのは例を出してみないとなかなか理解できないところがあります。    

>そこで一つ、例を挙げてみましょう。    

>ここに示したのはかつて私のゼミ生が作ったネタ・カードです。    

>彼女はアメリカとの国境を不法に越境してくるメキシコ系移民の問題を卒論のテーマに選んだのですが、その際に彼女はまずネタ・カードを作ったのでした。    

>メキシコ人が国境を越えてアメリカに密入国することについては、アメリカ映画などでもしばしば描かれる光景ですから、多少なりともアメリカに興味のある人であれば、そういう問題があるらしいということは何となく知っているかもしれません。    

>しかし、実際に年間何人のメキシコ人が国境を越えてアメリカに密入国しているのかとなると、即答できる人は少ないだろうと思います。    

>また不法に入国したメキシコ人がアメリカでどのような暮らしをしているのか、正式な就労ビザもないのにアメリカで職に就けるのか、病気になったときは病院で診療を受けられるのか、不法移民の子どもは学校に通えるのか、不法滞在を摘発されることはないのか、と考えていくと、わからないことだらけだということがわかるでしょう。    

>先に挙げたネタ・カードにも、これらの疑問点が書き出されています。    

>そして、わからないことだらけの中でも一番わからないのは、「そもそも移民によって建国され、移民によって成り立っているアメリカ合衆国という国が、メキシコ系不法移民をどのように捉え、どのように対処しているのか」ということではないでしょうか。    

>そしてこの最大の疑問への解答は、先のネタ・カードに列挙されているようなさまざまな疑問点に一つずつ答えていく中で、少しずつ見出されていくものだろうと思います。    

>そして、そこで見出されたものは、アメリカという多民族国家のことを考え、論じていくための、一つの切り口となるはずです。    

>ネタ・カードを作るための心得    

>このようにネタ・カードというのは、大きな問題の核心に迫るために順次解いていかなければならない数々の小さな問題について、各種情報を書き記しておく備忘録のようなものであるわけですが、あなた自身がネタ・カードを作る際の秘訣といいますか、手順のようなものを伝授しておきましょう。    

>まず最初の手順として、論文のテーマを決めたら、そのテーマの「現在」に関わる問いを発してみること。    

>「現在、それはどのようになっているのか?」という問いですね。    

>論文のスタート地点といってもいい。    

>これは自分がテーマに据えた事柄の現在の状況を徹底的に調べるということですから、些細なところまで問いを立て、それに一つひとつ答えていく覚悟が必要です。    

>またどんな問題にせよ、現在の状況というのは常に歴史的な産物であるわけですから、次の一手として、歴史的な観点からの疑問をそのテーマにぶつけてみましょう。    

>つまり、「それは、いつから始まったのか?」という問いを立ててみてください。    

>これはどのようなテーマで論文を書くにしても、必ず一度は問うてみなければならないことです。    

>先ほどの「メキシコ系不法移民」のネタ・カードにも、「いつ頃から始まったのか?」という趣旨の問いが書き出してありますね。    

>さて、「いつから?」の次は、「なぜ?」と問うてみますか。    

>「なぜそれが始まったのか/なぜそうなる必然性があったのか」という問い。    

>これは背景を問うという意味で、歴史的というよりは社会的な問いというべきかもしれません。    

>そして、「なぜ?」という問いに答えるための準備として、さらに「メリット・デメリットは何か?」という問いも忘れずに立てておきましょう。    

>およそ文化的な事象には大なり小なりメリット・デメリットがあるのは当然で、この点を問うのは、その文化事象に切り込むための突破口となるはず。    

>ぜひとも問うておかなければならない事柄です。    

>そして最後は「それは、〇〇にとってどんな意味があるのか?」という問いを持ってきましょう。    

 

これは自己の見解を明らかにする段階ですね。   

 

>先に挙げてきたさまざまな問いに答えた後、最後にこの問いに答えられたら、論文も大団円という感じがします。    

>先に挙げた例についていえば、「多民族国家アメリカにおけるメキシコ系不法移民の位置づけ」という項目が、いわば、この卒論にとっての最後の問いということになるでしょうか。    

>この他、それぞれのテーマごとに、疑問に思ったこと、思いついたアイディア、参考になりそうなことなど、書き出せたら書き出してください。    

>先の例では「映画『バベル』(2006年)に見る不法就労者の姿」という項目がありますが、そのテーマの傍証になりそうなことであればどんなことでも書き出しておきましょう。    

>書き出したことのすべてを論文の中で取り上げるかどうかは別として、手持ちのネタをすべて一枚の紙の上に書き出し、それをしょっちゅう眺めまわすこと。    

>そして紙に書き出した疑問点やら、調査結果のメモなどを見ながら、「この点を調べておかなくてはならない」とか、「ここが論の組み立てのうえでまだ地盤が弱いようだから、もっと実例を探し、論述の厚みが出るようにしておこう」などと方針を立て、それに従ってさらなる資料集めや、資料の読み込みを進めていく。    

>これが重要なんですね。    

>こうすると資料探索にも一定の方向性が出てきますから、やみくもに調べていくのと比べて効率がはるかにアップしますし、その探索の結果、わかったことをネタ・カードに書き足していけば、次第に論文の形も定まっていきます。   

>とにかく、論文形式のものを書く場合、まずは頭の中で考えようとせず、頭の外で、すなわち紙の上で考えるということを実行してみてください。    

 

そうですね。現実の内容を紙上に示しことが大切ですね。そうしたら紙上作戦が可能になりますね。作戦の内容は自己の考え (業績) になりますね。         

 

>一度このやり方を実行してみれば、その有効性は自ずと体感できるはずです。    

 

そうですね。   

 

日本人は子供の学習成果に関心がある。アメリカ人は大人の学習成果に関心がある。どちらがより賢い人間であるといえるか。

子供の勉強は現実の内容 (事実) を覚えること。大人の勉強は非現実の内容 (考え・哲学) を自分自らが獲得すること。

日本の大学は、入るのが難しくて卒業が容易である。大学は、子供の学力を比較して入学者を選抜する。しかし大学における大人の学習効果には世間も大学当局も気にかけない。わが国には高等教育の成果に期待するものは誰もいない。     

アメリカの大学は、入るのは易しいが卒業が難しい。大学は学内の大人の学習成果を見て、学生の卒業の合否を判定する。自己の見解を論文にして公表すれば大学による独創の認定により学位 (学士・修士・博士) が得られる。

社会は大人の勉強成果に関心を集中させている。高等教育の成果に社会の発展が依存している。      

日本人は、没個性の序列主義社会の中でのナンバー・ワンを目指すのは良くない。考えの内容は個人個人で違っているのであるから、個人主義社会のオンリー・ワンを目指すべきである。さすれば過当競争を避けて自己実現が可能になります。      

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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