2026年04月24日(金) 

 

>TBS NEWS   >宮内庁長官「皇室のお気持ち踏まえる」「私たちは現行法を適切に運用する立場」 皇位継承議論めぐり見解   >TBS NEWS DIG_Microsoftによるストーリー・   >22時間・   

>安定的な皇位継承や皇族数の確保をめぐる全体会議が再開したことについて、宮内庁の黒田武一郎長官がきょう、定例記者会見で考えを表明しました。    

>記者から「宮内庁としてどのように対応するか」と問われると、「協議内容にコメントする立場にございません」としたうえで、「動きを注視しているという状況」と話しました。    

 

そうですね。動きを注視するは日本人のいつもすることですね。それ以上のことはあり得ないですね。      

 

>会議は15日におよそ1年ぶりに再開し、▼(1)女性皇族が結婚後も皇室に残る、▼(2)旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎えるの2つの案を中心に議論。    

>森衆院議長は「今の国会中に皇室典範の改正案を成立までこぎつけたい」としています。    

>黒田長官は、2つの案が成立した際に対象になる皇族や該当者への意向確認を事前に行っているか問われ、「私たちは現行法を適切に運用する立場です。    

>現行法では禁止されていることにつきまして、私たちが具体的に考えたり対応するということは、あり得ない話になります」と見解を述べました。    

 

そうですね。法律で禁止することを役人が実行することはありえないですね。しかし序列メンタリィティを持つ庶民は高官に助けを求めますね。   

日本人は現実肯定主義ですね。頭の中に現実 (事実) だけがあって非現実 (考え・哲学) の代替え案がないのですから、普通の日本人には現実肯定主義者以外にはなりえない。   

 

>そのうえで、「皇室をお支えするために何かの現行制度が改正されるということになった場合ならば、それは当然、その内容に則して、皇室の方々のお気持ちを十分に踏まえながら、できる限りで対応していく」としました。    

 

日本人には世界観がない。だから次の世界に移行するといったような革命的なことは発想できない。その議論もできない。’お変わりの無いことが良いことです’ となる。          

伝統的な無哲学・能天気の状態では日本人の社会をどうすることもできない。革命とは無縁なガラパゴスの国になる。理不尽を抱えた安定した国になっている。これが日本人の切なさである。      

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

子供の勉強は他人の受け売りをすること。

大人の勉強は自己の見解を明らかにすること。自己の見解を論文として発表し、英米流の高等教育機関から独創性を認められると、学位 (哲学博士 = Doctor of Philosophy: Ph.D.) が得られる。ぜひやるべき勉強です。

日本人は無哲学・能天気であるから、自己の見解を明らかにすることはできない。だから子供の状態にとどまる。受け売りの教育により天下の秀才 (クイズ王) が沢山出来る。       

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数21 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/04/24 18:07
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