熊谷徹氏 |
>ダイヤモンド・オンライン >なぜ日本のサービスはこんなにレベルが高いにか? ドイツの「最低サービス」との根本的な違い >熊谷徹によるストーリー・ 4日・ >ドイツをはじめとする欧米諸国では、無愛想とも言える接客が珍しくない。 >しかし、日本人の感覚では失礼と映る対応でも、ドイツ人はほとんど気にしないという。 >実は、過剰な無料サービスは社会全体の幸福を高めるどころか、弊害のほうが大きい。 >そっけない接客でも不満を言わないドイツ人の態度から、サービス業のあるべき姿を学ぶ。 >※本稿は、フリージャーナリストの熊谷 徹、『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の一部を抜粋・編集したものです。 >ドイツのサービス業のクオリティは最低レベル > ドイツは、「もの作り」では世界でもトップレベルにあるが、顧客サービスは悲惨だ。 >商店などではものを売る人が威張っていて、客が不快な思いをすることも珍しくない。 > たとえばドイツには、1900年に制定された閉店法という法律がある。 >1990年代までは店の営業時間が厳しく制限され、スーパーマーケットや商店は、平日には18時30分に閉店しなくてはならなかった。 >土曜日には午後4時に閉店。 > 私はいちどミュンヘンで馴染みの文房具店に18時27分に入ろうとしたら、鼻先でドアを閉められたことがある。 >最近ではかなり緩和され、スーパーマーケットでは土曜日も含めて午後8時まで買い物をできるようになった。 > だが今日でも、日本で見かけるような、毎日22時まで営業しているスーパーマーケットは存在しない。 >日曜日や深夜に営業しているのは、ガソリンスタンドの売店か、大きな駅の中のスーパーマーケットだけである。 > ただし、サービス砂漠にも利点はある。 >それは、社会全体で見ると、店員も含めてみんなが自由時間を持てるようになっているということだ。 > 顧客だけが長期休暇を取るのでは、不公平だ。 >物やサービスを提供する側にも、休む権利がある。 >売る側もゆとりを持って働き、休めるようにするには、顧客が、サービスの要求レベルを下げることが求められる。 >日本の充実した無料サービスは欧米ではあり得ない > 日本人が外国に旅行すると気づくことだが、日本ではサービスは無料、ドイツなど欧米諸国では、サービスは有料だ。 > たとえば日本にはサービスに対してチップを払う習慣はない。 >ドイツでは、タクシーに乗っても、理髪店に行っても、レストランで食事をしても、クリーニング屋に洗濯物を出しても、配管工に台所の排水パイプを修理してもらっても、観光バスの添乗員やツアー・コンダクターにも、原則としてチップを払う(原則として、と書いたのは、サービスがあまりにも酷く、客が不満な時には、チップを払う必要はないからだ)。 > 東京からドイツへ向けて10個の小包を発送した時には、夜8時に郵便局員が、滞在先に来てくれた。 >ドイツにはこのようなサービスはないが、もしあったなら、チップを渡す必要がある。 >だが日本にはチップの習慣がないので、郵便局員が夜8時に来てくれても、チップを渡す必要がない。 > 日本にお住まいの皆さんには当たり前に思えるかもしれないが、ドイツに長年住んでいる私は、これはすごいことだと思う。 >「ドイツと違って、日本では、サービスは無料なんだなあ」と痛感した。 > 逆に言うと、チップがないのにこれだけ質が高いサービスを提供してくれるということは、すごいことだ。
それは文化と伝統によりますね。
>多少の不便さを我慢すれば社会全体の幸福度が上がる > ただし、少子高齢化が進んでいる日本では将来、就業人口がどんどん減っていく。 >したがって消費者が今後も同じようなサービスを期待し続けることは、段々難しくなっていくと私は考えている。 > 働く人が減るのだから、これまで同様のサービスを期待することはできない。 > そのために、日本の顧客もサービスレベルへの期待度を下げることを考えていかなければならない。 >これが社会全体に浸透するには長い時間がかかるので、そういうキャンペーンを早い時点から始める必要があると思う。 > 働き方改革の重要な点は、サービスレベルの低下についても、社会全体のコンセンサス(合意)を作ることだ。
ドイツなど印欧語族の文法には階称というものがありませんからね。彼らの社会は ‘ため口社会’ ですね。お互い様の関係が成り立つ社会ですね。[ため口: 相手と対等の立場でものをいうこと] 理屈の成り立つ社会ですね。 日本語の文法には階称 (hierarchy: 言葉遣い) がありますね。日本人はまず ‘上と見るか、下と見るか’ の判断をしなければなりませんね。人付き合いには序列作法が欠かせませんね。
>消費者が想像力と思いやりの心を働かせて、「売る側も自由な時間が必要なんだ、家族と一緒に過ごす時間が必要なんだ」ということを理解して、サービスの期待度を下げていくべきだと思う。 > もちろん、いきなりサービスレベルをドイツ並みの低い水準に下げると、客の側に非常にストレスがたまる。 >したがって、徐々にサービスレベルを下げていくことが大事だ。 > 現在我々が経験しているような、世界でも最高レベルのサービスは求めないで、みんなが休める社会にしてはどうだろうか。 >手始めに、ドイツと日本の中間くらいのサービスレベルにしてみたらどうだろうか。
日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから我々は現実肯定主義者になっている。現実には内容が一本しかない。だから議論にならない。非現実には内容が無数にある。
>丁寧なサービスよりも低価格を望むドイツ人 > なぜ日本のサービスレベルは、これほど高いのだろうか。 >まず日本社会の美徳の1つとして、他の人の感情を思いやるという態度がある。
序列人間の日本人は向上心が豊かですから下と見られたら立腹しますね。これは恐ろしい祟りになります。
>ドイツに住んでいて感じるのは、他の人の感情に対する思いやりが、日本に比べて少ないということだ。
そうですね。彼らの社会は ‘ため口社会’ ですからね。
>人間関係がドライなのである。
そうですね。それは理屈の通じる社会ですね。
>これは、個人主義の表われだ。
そうですね。個人判断が可能な社会ですね。
> 日本の場合は、たとえばビジネスの現場であっても、やはりお客様の立場になって考える、他人の感情を思いやるという態度が非常に感じられる。
そうですね。それは腫物に触るような感じですね。
>それが「おもてなし」であり、よいサービスにつながっている。 > 日本はこのサービスの競争が非常に激しくて、サービスを良くしないとお客さんが来なくなってしまう恐れがある。 >これに対しドイツでは、そもそも社会のあらゆるところでサービスレベルが低いので、客の側も最初から良いサービスを期待していない。 > では、ドイツの客が期待しているのは何か。 >それは安い価格だ。 > ドイツではいかにコストを下げるかをまず考える。 >「値段が安くなるのなら、サービスは悪くてもまあしょうがないかな」というわけだ。 >多少は嫌々という面があったとしても、みんながそれを受け入れている。
そうですね。
>効率重視の仕事ぶりはときに無礼に見えることも > 私もドイツに来たばかりの1990年代には、レストランや商店でのサービスの悪さにむっとすることがあった。 >しかし34年も住んでしまうと、「こんなものだ」と思い、サービスが悪くても目くじらを立てなくなった。 > たとえば私は数年前、ハイデルベルク大学で講演をした後、日本から来ている研究者や学生たちと、ドイツ風の居酒屋へ行った。 >すると、ウエイトレスが、ビールのグラスの下に敷くコースターを、客の前に1枚ずつ置かずに、客に向かって手裏剣のように投げた。 >ちょっと日本では考えられないような無礼さだった。 > ドイツに数年住んでいるという日本人の研究者は、「私は、何年ここに住んでもこういう態度には絶対に慣れることができない」と言って怒った。
それは客を下と見る態度ですかね。
> 私は、とくに無礼だとは感じなかった。 >「このウエイトレスは、客1人1人の横に行ってコースターを置くのは面倒だと思ったので、効率的にコースターを置くために、投げたのだろう」と思った。
そうですね。彼女は能率重視ですね。
> 私が腹を立てなかった理由の1つは、顧客に名刺を手渡さないで、机の上に投げてよこすドイツ人のビジネスパーソンを見たこともあったからである。 > ここは日本ではないのだから、相手に対する期待値を下げること、日本のような丁寧な態度を相手に期待しないこと、これが心の平穏を保つための秘訣だ。
そうですね。向上心の豊かな日本人には難しいですね。
>腹を立てて不快な思いをするのは、自分なのだから。 >「お客様第一主義」の行き着く先は労働時間の増加と生産性の低下 > 日本の場合は、ドイツの商店やレストランに比べると「お客様第一主義」が徹底している。
我が国ではお客様は神様ですからね。このルールを破ると罰が当たる。もの笑いの種になる。
>そうすると、やはり労働時間が長くなってしまう。 > ドイツには「お客様第一主義」という考え方はそもそもない。
そうですね。彼らは階称にとらわれませんね。
>彼らは労働時間を増やすことにつながるサービスは引き受けない。 >客が気を悪くしても、関係ない。 > たとえばミュンヘンのある自動車修理工場では、電話かウェブサイトでアポイントメントを取り、その時刻に車を持ち込まなくてはならない。 > 私はある時、タイヤを冬期用のタイヤに交換してもらうために、アポを取り修理工場に車を持っていった。 >その少し前に、車の右側のヘッドライトの電球が暗くなっていたことに気づいたので、修理工場の受付で「ついでにライトも修理してもらえませんか」と頼んだ。 > ところが相手は「このアポは、タイヤの交換だけです。 >ライトの修理には、別のアポを取ってもう1回来て下さい」と言って譲らなかった。 > 日本ならば、「お客様が二度手間にならないように」と考えて、タイヤ交換だけでなくライトの修理もするのは当たり前だ。 >その日本の当たり前が通用しないのがドイツである。 >彼らはこうやって社員の労働時間が長くなったり、生産性が下がったりするのを防ごうとしているわけだ。 > ものは考えようである。
理詰めでやるか。
>市民みんなが発想を切り替えて、高度なサービスを期待しなければ、それだけ多くの人が夕方に早めに帰宅したり、長い休みを取ったりすることができるようになる。 >ドイツはそれをすでに実現している社会なのだ。
彼らには序列社会に仕来りは理解できませんね。
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。
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