日中対立 |
>東洋経済オンライン >日本人のいびつな対中優越感が根底にある日中対立、その解消と現実的な関係構築で思い出すべき明治時代の偉人の助言 >的場昭弘によるストーリー・ >2時間・ >台湾問題をめぐって、日本と中国との関係がぎくしゃくしている。 >「実際にどうか」ということより、感情が先に立って思わぬ脅威を感じ、疑心暗鬼でどんどん想像が高まり、相手に対して恐怖を覚え敵意をむき出しにしているというのが現況であろうか。 >もっとも本当の緊張関係や事実の動きについてなど、正確に知ることなどできない。 >あくまでも想像や表象の世界、頭の中の世界での出来事なのだ。 >このもどかしさこそ、人間にとって不幸と落胆の始まりでもある。 (略) >明治時代に生じた中国に対する軽蔑と憐憫 >この議論は、日本人の心に今でも強く残っている。 >戦後は富国強兵ではなく「経済大国」としてアジアの近代化の先頭を切った日本は、「貧しい国民を豊かな発展に導くのだ」という自負心をもって、朝鮮人や中国人に接している。 >1972年の日中国交正常化、80年代に中国が経済の開放政策をとったとき、経済大国として日本はアメリカと並んで中国に対する経済指導を行ってきた。 >それから10年は、日本もアメリカも中国にとってまさに先生であった。 >日本の中国残留孤児、シルクロードへの関心の高まりなど、中国への同情と発展を願うメディアによる関連報道が日本であふれた。 >そして、国民は一種の同情と優越感に浸ったのだ。 >しかし、中国経済が次第に日本に追いつき、そして追い越すようになる21世紀になると、「中国嫌い」が再び息を吹き返す。 >大きな転機は2008年の北京オリンピック開催と2010年に中国のGDP(国内総生産)が日本を追い抜いたときであった。 >(編集部注)名目GDPでは2010年とされるが、購買力平価ベース(PPP)ではすでに2001年ごろに追い抜いたとされている。 >中国への同情は中国への軽蔑へと変化し、尖閣諸島の問題、台湾問題、中国人観光客への批判など、ありとあらゆることに日本人がある種の難癖をつけるようになった。 >福澤諭吉の脱亜論も、中国人への同情論から次第に中国人への軽蔑論に変わっていった。 >それは崩壊していく清朝に期待できず、日本が中国の後見人として中国を支配すべきだという議論になっていったのである。 >一方で脱亜論ではなく、日清ともに協同・連帯しようという流れもあった。 >この2つの議論は、前者が現実の状況に即したリアリズム理論であり、後者が理想にしたがった議論であるともいえるだろう。 >近代化に遅れた現実の中で衰退する中国を救うには、いささか荒療治する必要があるというのが前者である。 >中江兆民の「三酔人経綸問答」を読む >過去の長い歴史を見る限り、近代化していないからといって堕落し衰退しているという議論はあまりにも歴史を軽んじているといえる。 >中国悠久の歴史の中にある極めて尊敬に値する高度の文化を考えれば、中国の高度な文化と日本の近代化を合わせてアジア世界を立て直すという議論が出てくるのは当然である。 >それが後者である。 >前出の中江兆民は後者に近い立場にあるが、現実主義と理想論の間に位置している。 >中江兆民は『三酔人経倫問答』(桑原武夫、島田虔次訳、岩波文庫、1965年)の中で、この2つの議論をそれぞれ展開し、最後におそらく中江兆民自身を代弁していると思われる「南海先生」の言葉で締めくくっている。 >本書の登場人物は南海先生、洋学紳士、豪傑君である(3人の脇にいて、状況を説明する第三者を除く)。 >洋学紳士はいかにも西欧化した人物で、考え方も西欧的民主主義に染まった人物である。 >その西欧とは、自由と平等の世界であり、自由と平等があれば、戦争や侵略などなく、世界の平和はすぐに実現すると楽観的に主張する。 >一方の豪傑君は、日本の伝統にこだわり、西欧文明など野蛮な文明であるとして拒否し、軍備増強を図り、日本的世界を実現すべきだと主張する。 >洋学紳士と豪傑君の2人の説は、当時の日本の世論を真っ二つにしていた非戦論と交戦論を代表している。 >南海先生は、これに対してどちらでもない第3の回答を用意する。 >まず洋学紳士に対して、早急に西欧の思想や制度をもってきても、それは日本の大地で実らず、ゆっくりと時間をかけて民衆の間に自然に入るようにしなければならない。 >今はまだその時期ではなく、この国で培われた伝統を維持していかねばならない、と。 >また、豪傑君に対しては、日本の伝統だけでは世界の進展に対応できず、独りよがりとなる、だから多くの国と平和外交を積み重ね、信頼を得ることが大事である、と。 >そしてこう述べる。 >「要するに外交上の良策とは、世界のどの国とも平和友好関係を深め、万やむをえない場合になっても、あくまで防衛戦略をとり、遠く軍隊を出征させる労苦や費用を避けて、人民の肩の荷を軽くしてやるよう尽力すること、これです」(前掲書、106ページ) >南海先生 vs 豪傑君の対話 >とりわけ当時問題になっていた中国問題についてもこう述べるのだ。 >「たとえ中国などは、その風俗、風習から言っても、その文物、品格からいっても、また地理的に言っても、アジアの小国としてはいつもこれと友好関係をあつく、強くすべきで、たがいに恨みを押し付けあうようなこともないよう、努力すべきです。 >我が国がいよいよ特産物を増し、物資を豊かにするならば、国土広く、人民のいっぱいいる中国こそ、われわれの大きな市場であって、尽きることなく湧く利益の源泉です。 >この点を考えずに、ただ一時的に国威発揚などという考えにとりつかれて、ささいな言葉の行き違いを口実にして、むやみに争いをあおりたてるのは、ぼくから見れば、まったくとんでもないゆき方です」(前掲書、106ページ) >南海先生の言葉が中江兆民の主張だとすれば、中江兆民は西欧の精神に安易に従い、非武装中立論をそのまま展開するのは危険だが、だからといって、旧套墨守(きゅうとうぼくしゅ、古くからの形式や慣習、ありきたりの方法)、軍備拡張を進め、近隣諸国に攻め入り、国威発揚を行うことも危険である、と述べているのだ。 >ここで中国があげられ、その国との平和外交がいかに日本にとってプラスになるのかが書かれているが、それは、アジアの衰退する強国(なぜか中国という名前が伏せられているが)のことについて、豪傑君が以下のように述べたのに対する答えがこれである。 >「ところが天の恵み、目の前にむっくりと大きな国があって、土地は肥え、しかも兵隊は弱いときては、これ以上の幸運がまたとありましょうか」(前掲書、72~73ページ) >南海先生は、風雲急を告げる東アジアにおいて、日本の立場をめぐって戦わされる交戦論と非戦論に対し、両方を牽制した形で同盟論を展開する。 >「その大きな国というのがアジアにあるとしたならば、ただちに同盟して兄弟国となり、すわというときにはたがいに援けあう、そうすることによって、それぞれの自国の危機を脱すべきです。 >やたらと武器を取って、かるがるしく隣国を挑発して敵にまわし、罪もない人民の命を弾丸の的にするなどというのは、まったくの下策です」(前掲書、105ページ) >中江兆民が残した助言 >現在の台湾問題から発した対中問題を議論するとき、100年以上前に書かれた中江兆民の『三酔人経倫問答』は、大きな示唆を与えてくれる。 >それは非武装中立、非戦論と弱肉強食、交戦論という極端な議論を、いったんほぐしてくれるからだ。 >理想と現実、いずれに傾いても危険であり、じっくりと現実を見、さらにしっかりとあるべき姿を描くことの大切さを教えてくれるからである。 >現在の台湾問題をめぐる中国との関係悪化は、中江兆民の時代と違う。 >彼の時代は、存在感を増す日本が、存在が希薄となりつつある中国をどうするかという問題だった。 >しかし今では、勢いを増す中国の存在感に対して衰退していく日本がどのように立場を守るかという点で、攻守逆転である。
そうですね。 ウクライナはソ連崩壊により核兵器を放棄した。しかし、プーチン大統領は非核国ウクライナに侵攻し核兵器使用をちらつかせて恫喝した。 これにより我が国の非核三原則に依拠した安全神話は消滅した。非核三原則とは 核兵器を「持たない、つくらない、持ち込ませない」の三原則を指すものと1967年 (S42) 12月に佐藤栄作首相は説明した。しかし日本人のお花畑はもうない。 「世界大戦を含むあらゆる戦争はすぐ終わらせられる。講和条約を結んだ場合、あるいは1945年の米国による広島と長崎への原爆投下と同じことをした場合だ」 (ロシアのメドベージェフ前大統領) ‘ウクライナでの戦争の教訓は、抑止力によって未然に戦争を防ぐ方が、侵攻してきた敵を後退させることよりも遥かに望ましいということだ。’ (マシュー・ポッティンジャー) ‘ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。北方領土だ。だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。’ (小野寺元防衛相) 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。= 真に勝つことは自らの力を増すことで、戦わずして勝つことが最善である。 わが国は平和国家であるから自国の強大な抑止力 (物量) を示しながら相手国の冒険主義を抑えて、国家の最善を目指さなくてはならない。
>だが、基本的視点が変わっていないことは重要だ。 >アジアで最初に西欧化した日本という意識がいまだに抜けきれていないということだ。 >だからこの期に及んでも日本が「西欧的社会」としての優越感を持ち続けたままでいるということだ。 >かつて清朝の中国が「アジアの雄」として、日本に対してはかない優越感をもっていたのと同じだ。
中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。 ・・・・・ 中華 (ちゅうか) [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる] 東夷 (とうい) [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した] 南蛮 (なんばん) [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう) [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき) [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。
>その意味で日本は中国だけでなく、ますます全アジアに対しても孤立を深めている。 >アジアがアジアとして誇りを持ち始めた時代において、「西欧化された日本」の優越感はかえって邪魔なのである。 >それは19世紀における西欧化の前で「アジアの雄」であることが優越感にならなかったのと同じである。 >ここらで虚心坦懐、入亜へ逆戻りする覚悟も必要であろう。 >何よりも重要なことは、色眼鏡で相手を見ないことだ。 >実際にお互い交流してみるにしくはないだろう。 >幸い、自由な日中交流の機会は、今も失われてはいないのだ。 >「青色の眼鏡をつけてものを見るときは、見る所として青色ならざるはなし」(前掲書、203ページ)
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