2026年06月05日(金) 

 

>イザ   >「日本は人種ではなく作法の国」けんすう氏ポストに共感殺到「郷に従えば受け入れられる」に共感する日本の実像   >6時間・   

>「日本は人種の国ではなく作法の国だ」——連続起業家「けんすう」ことアル株式会社の代表取締役、古川健介氏が3日、Xに投稿した、日本在住の外国人が感じる日本社会の特徴をまとめたポストが拡散している。    

>欧州に30年近く在住するリベラルを自認する日本人音楽家がXで「日本は世界で1番自由に暮らせる国」と断言し、その理由をつづると、別のユーザーが欧米出身のゲイが同じようなことを言ってると返したのが発端。    

>投稿は、日本では「人種概念が希薄である一方、公共マナーには非常に厳しい」「日本人らしい振る舞いをすれば受け入れられやすい」「ファッションや趣味への許容度は高い」といった外国人の声を、自身の体験談を交えて整理したもので、「言語化できていなかったことを言葉にしてもらえた」との反響が集まった。    

>ポストへの反響は、外国人が感じる日本観にとどまらず、日本社会の「型への適応」という構造そのものを問い直す議論へと広がっている。     

 

日本人には意思がない。だから型にはまらないと動作が決まらないということでしょうね。   

 

>「マナー違反には日本人も同様に厳しい」    

>古川氏のポストに触発され、日本社会の構造を文化論として掘り下げる考察が相次いだ。    

>「内と外の文化だからですね。    

 

そうですね。日本人の社会は序列社会ですからね。自己の序列とそれ以外を内外で区別しますね。   

 

>日本では、あまり人種や肌の色等で人を区別しない。    

>そこではなく、内と外で自他を分ける。    

>外国人は外から来たお客様として、丁寧に扱われるが、マナーを破った瞬間、無礼者として、客人としての立場を喪失する。    

 

そうですね。それは自分勝手なマナーですね。   

 

>あと、あくまで客人であって、身内としては扱われてない」    

 

序列外の人には当然序列順位がない。だから外人である。      

 

>「作法を踏み絵とする」「内と外の区別」という二つの分析が、多くのユーザーから「腑に落ちた」と受け止められた。    

 

そうですね。日本人は序列作法の国民ですからね。   

 

>古川氏のポストで特に反響を集めたのが、「日本の厳しさは人種ではなく行動に向く」という視点だ。    

>「ここで重要なのは公共マナーのない人は日本人でも差別されるということ 人種ではない」    

 

昔は人人は身分で終生差別されていましたね。   

 

>「日本人のマナーとは迷惑かどうか(ゴミ、騒音、匂い、横入り、通行の邪魔etc)逆に人種とかゲイとか迷惑の理由ではないので、そんなことで差別するのが不思議ですね〜」    

 

それでも日本人は東洋人と西洋人を区別しますね。   

 

>「時々インバウンド客相手にする接客業経験者ですけど、マナーと金払いが良い相手は国籍人種問わず良客なので丁重な対応をします。    

>逆に『日本語ワカラナイ』『私外国人ダカラ(特別対応しろ)』『ワタシの国ではこれが通る』などと抜かす手合は迎撃アラートを発動しますよ」    

>「よく分析されているというか、ほとんど違和感は無いんだけど、『公共マナーを守らないと差別される』ってのはなかなかわからない感覚だ。    

 

日本人の社会は馴れ合いの社会ですからね。外国人は慣れ合わないでしょうね。   

 

>それは単純に『嫌悪』されてるだけで差別じゃないんだよな。    

>日本人が同じことをしても嫌悪されるよ」    

>行動による区別を「差別」と呼ぶかという問いに対し、「嫌悪と差別は違う」「日本人でも同じ」という整理が共感の核心となって広がった。     

>「同調圧力がかかる部分が国によって違う」    

>マナーや慣習への適応努力こそが「受け入れられる鍵」だという声が広がった。    

>「郷に入っては郷に従え これに全部が込められてるよねぇ」    

>「人種じゃなくて『郷に入っては郷に従え』だよね その環境を尊重し、それに合わせることが賢明」    

 

我が国には、ルールの無いのがルールですからね。   

「「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり(人を従えたり)、影響され(影響を与え)ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである」 (中根千絵)   

 

>「日本人ですら、他所から移住して来た他所者という観点で同じことを感じる。    

>言い換えると『村社会』なんだけれど、郷に入れば郷に従う道理も理解できるのよねー」     

>「日本って公共マナーや他人への迷惑を考える教育、共感能力や協調性で安全と平和を維持した国だと思うの。    

 

紙に書いたルールの無いのが玉に瑕。   

 

>だから、これらを破る人を放置する事は自分等の安全を脅かす行為だと何となく感じてて…だからこれらには厳しいんだと思う」    

>適応努力は外国人だけに求められるものではなく、地方から都市へ移ってきた日本人自身も同じ感覚を持つという声も集まった。    

>日本が特別に同調圧力が強いのではなく、「圧力のかかる場所」が他国と異なるだけだという分析も大きな共感を呼んだ。    

 

紙に書いたルールがなくても同調圧力がかかる。日本人は現実肯定主義だから。     

 

>「日本が同調圧力が強いというのは嘘で、同調圧力がかかる部分が国によって違うという話。    

>日本では上司が会議で部下を詰めたりするが、中国では人前で相手に恥をかかせるのは禁じられている。    

>日本では誰がどんな格好してても気にする人は少ないが、イスラムでは服装の乱れは制裁の対象になる。    

>そして日本では、公共スペースで地べたに座っていたらSNSで晒される。    

>どこに調和を求めるのかは社会によって変わるんだなあ」    

 

それはありますね。   

 

>「昔のフランスが近い雰囲気でしたね フランス語話せれば肌の色はあまり問われない感じで」    

>「日本の同調圧力が強い」という言説を相対化し、「各社会にそれぞれ異なる圧力がある」という整理は、「考えたことがなかった」との反応を呼び込んだ形だ。    

 

ルールの有無を無視すればそういうことになりますね。書いたルールがあればその内容は海外に拡散する。     

 

>食文化も「作法」のうち? 意外な指摘も    

>適応の文脈で注目された意外な声もあった。

>「公共マナーの他には食べ物についてですね。    

>日本人の感覚として食べ物はありがたく頂かないといけない宗教観なので『あれ食べるな!これ食べるな』とごちゃごちゃうるさい奴には厳しい」    

>「追加で『料理に対して粗末な扱いをするとキレる』」    

>「型」は公共空間のマナーにとどまらず、食への向き合い方にまで及んでいるようだ。    

 

我が国では四つ足の肉は食べてはいけないことになっていましたね。   

 

>ブラックルーティン調査が映す強制された適応     

>ポストへの反響のなかには、日本社会の「作法」を「踏み絵」と表現するユーザーもいた。    

>その「型」の具体的な中身に目を向けると、日本人自身がストレスを感じながらも従い続けているものと重なる部分が見えてくる。    

>クラシエフーズが2024年8月に18歳~59歳男女2,600人を対象に実施した全国調査によると、日本社会に残る理不尽な慣習「ブラックルーティン」に対し88.4%が「なくなってほしい」と回答。    

>別設問では86.6%が「ブラックルーティンにストレスを感じる」と答えており、従いながらも望んでいない型への服従という現実が浮かんだ。    

 

自由とは意思の自由のことである。日本人には意思がない。不自由を常と思えば不足なし。意思のある所に方法がある。Where there’s a will, there’s a way. 求めよさらば与えられん。   

為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬ成りけり。   

 

>具体的なブラックルーティンの上位には、「飲み会への参加は当たり前」「会議は対面が当たり前」「悪習慣でも上司がやることには当たり前に従う」といった職場慣行が並ぶ。    

>なかでも「上司が帰るまでは帰らないのが当たり前」は51.3%が挙げた。    

 

そうですね。日本人の礼儀作法は序列作法になっていますからね。   

 

>飲み会への参加、上司より先に帰らないこと、対面会議を厭わないこと。    

>こうした職場慣行は、「作法の国」という言葉が照らし出す日本社会の「型」の一側面でもある。    

 

日本人の作法には ‘序列’ の文字が抜けている。だから日本人は人間序列への批判ができない。      

 

>外国人が「日本人らしく振る舞う」適応努力の先にも、こうした慣行は横たわっている。    

>そして88.4%の日本人がなくしたいと願いながら維持され続けているという事実が、その適応コストの重さを物語っている。    

 

日本語文法の中に存在する階称 (階称: 言葉遣い) の力は絶大ですね。印欧語族の社会は ‘ため口社会’ ですからね。理屈が通る。(ため口:相手と対等の立場でものを言うこと)      

 

>古川氏のポスト全体への評価は高い一方、「適応努力では届かない現実もある」という声も上がった。   

 

それは馴れ合いの限界ですね。我々日本人は無哲学・能天気ではいられない。   

 

>「家探しについて聞いてみた?日本で部屋を探そうとした外国人のうちのかなりの割合が「外国人であることを理由に入居を断られた経験がある」そうだけど、これって差別じゃないの?    

>大家さんが外国人NGという理由で、紹介できる物件が限られてしまう状況は何十年も前からある」    

 

言葉が通じないと意思疎通の事欠くことになりますからね。日本人は外人との付き合いに慣れていない。鎖国と島国が原因でしょうね。         

 

>「欧米国籍や自分で日本語がある程度達者になって直接様々なサービスにアクセスできる人間ならその感覚は希薄かもしれないが、例えば留学生で来たバングラデシュやパキスタンなど中央アジアの国の人、というだけで条件を変える不動産屋があることを無視して日本の人種意識が希薄は無理があるのではないか」    

 

そうですね。   

 

>「作法の国」という言葉が成り立つ側面がある一方、適応努力だけでは解決しない構造的な壁が存在するという指摘が、今回の反響の中で共存していた。    

 

ルール作りが必要ですね。日本人は現実肯定主義ですからね。’前例がない’ と言って、現状変更を拒みますからね。リーズン (理性・理由・適当) による進歩が難しい。         

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々日本人は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一段と大きな貢献が可能になるでしょう。 

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数9 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/06/05 18:11
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