2017年05月25日(木) 

 

 

> 安倍首相は、福島瑞穂議員の追及に対して、次のように逆襲している。 >確かに加計氏は私の長年の友人だ。 >ゴルフも食事もする。 >しかしだからと言って私が加計氏を優遇しろと直接関与した事はない。 >そんなことをするわけがないだろう。 >そんなことをしていたなら責任を取るのは当然だ。 >私を批判する貴方は、そんなことを言って責任を取れるのか、と。>これは究極の開き直りだ。>しかし、この安倍首相の開き直りは、誰も有効に反論できない、最強の開き直りなのである。

 

日本人の精神活動は、文章・言説では表現できない。心からこころへと伝えられるものである。すべての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。我々は、’考える人’ にならなくてはならない。我が国には、人手不足はあっても、頭脳不足の話は聞いたことが無い。

意思は、未来時制の文章内容になる。文章には意味がある。矛盾があれば、それも指摘できる。だから、議論になる。だが、これは英語での話である。

日本語には、時制 (tense) というものがない。だから、日本人には意思 (will) が無い。優柔不断・意志薄弱に見える。無心に見える政治家は、’よきにはからえ’ と官僚に言っているのか。

日本人には意思が無くても、恣意 (私意・我がまま・身勝手) がある。恣意 (self-will) は、文章にならないので、意味が無い。矛盾も指摘されることはない。公開されないので、お互いに腹の探り合いをしている。そこで、官僚は、上司のこころを忖度 (推察) して、自己昇進の手を打つ。

 

>森友疑惑といい加計疑惑といい、その直接の責任は、安倍首相にはない。> 安倍首相に人事を握られた官僚たちの「忖度」にこそあるのだ。> 忖度に基づいた政策決定にある。

 

そうですね。阿吽の呼吸は、民主主義を破壊しますね。政策決定は、万機公論に決すべしですね。忖度は恣意ですね。リーズン (理性・理由・適当) になりませんね。アンリーズナブルな行為は何人と言えども許されませんね。

 

(略)

 

>この国は、官僚による忖度政策の国であり、それを見過ごす大手メディアがメディアを支配する国である。

 

官僚は、政治に参加できないのではありませんか。官僚が、政治家の政治活動を妨げることなど言語道断でしょう。忖度は、自分勝手な解釈ですね。大手メディアは、’万機公論に決すべし’ とは言えないのですか。’不適切ではあるが、違法とは言えない’ という処世術の常套手段の運用により、我々の良識は完全に抑え込まれている状態ですね。現実向けの学習ばかりで、’あるべき姿’ を目指す教養教育がなされていない結果ですね。金高では測れない生活の質ですね。

 

>加計疑惑によって安倍政権が倒れる事はないと私が気づいた理由がそこにある(了)

 

政治家たちの頭が弱いと気が付いたのですね。官僚の忖度 (推察) が公論を妨げる事のないように、我が国の政治家は一丸となって努力しないといけませんね。恣意よ、さらば。

 

 

 

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閲覧数494 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/05/25 22:17
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