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◆1日目:成田山新勝寺、浅草浅草寺 ◆2日目:靖国神社、明治神宮 岡田家家屋(御殿場市竈) 5月19日(金)・20日(土)の2日間、第31回報徳研修旅行に行ってきました。単位報徳社12社50名、個人社員9名、事務局5名、総勢64名の旅となりました。 まず向かったのは成田山新勝寺。桜町領の復興事業に苦悩していた二宮尊徳が参籠し、「一円観」を開眼した場所であり、「成田のお不動様」として年間一千万人もの参拝者が訪れる観光地でもあります。断食堂や水行堂の前で、百八十八年前の尊徳に思いを馳せます。 その後、浅草の浅草寺へ。そして上野の水月ホテル鴎外荘に宿泊しました。 二日目のスタートは靖国神社から。厳かな雰囲気の中、二礼二拍一礼のかしわ手の音が響きます。 その後は、今回の旅行の目玉ともいうべき明治神宮へ。明治天皇が御座所のお手元に置かれていた岡崎雪聲作『銅製 二宮金次郎像御置物』の見学です。この金次郎像は、日本全国の小学校に設置された像の原型になっているとも言われています。 今回、宝物殿は工事のため閉館中でしたが、文化館宝物展示室での特別展に展示中の金次郎像を見ることができました。 明治神宮宝物管理課の権禰宜 内田努さんより説明をいただきました。 「明治13年、相馬藩主だった相馬充胤より『報徳記』が献上され、明治天皇は二宮尊徳の人柄や功績や努力を評価され、心に留めておかれたのだと思います。だからこそ、明治43年の東京彫工会で金次郎像を御買い求めになり、御座所のお手元にずっと置かれていたのだと思います」 明治天皇は、伝統文化の保護や若手芸術家の育成にも力を注がれたとのことでした。この日は、金次郎像の他にも御文鎮や御呼び鈴など、御手元近くに置かれていたものの展示もありました。 そして、内田さんから嬉しいニュースをお聞きしました。 「明治神宮鎮座百年となる平成32年(2020年)には宝物展示する新施設がオープンします。質素倹約を旨とし、人々へあたたかい心遣いを向けられた明治天皇の御心や御人柄をわかりやすく紹介できる施設にしたいと考えています」 明治天皇が大切にされた金次郎像を心に留めた、貴重な時間となりました。 その後、築地屋外市場で昼食を済ませ、御殿場竈地区に向かいました。遠州報徳の礎を築いた岡田家の移築された家屋のあるところです。今回の旅行の二つ目のポイントでもあります。 移築されたのは昭和36年。建物、庭、表門などは、掛川市倉真にあったままの状態で配置されています。現在管理をされている自然真道の前島大一さんに案内をお願いしました。 決して華美ではないけれど重厚な造りの建物。黒光りする立派な梁。扁額や襖に書かれた書や絵。前島さんの説明に耳を傾けます。 参加者一人一人、当時の岡田家の暮らしぶりや、大広間に集まったであろう村の人々の願いに思いを馳せる時間となりました。 「子どもの頃、とても大きな家だったと記憶していましたが、実際にこの場所に立ってみて、確かにこういう建物だったと記憶がよみがえりました」 と話すのは、参加者である倉真報徳社理事長の岡田三郎さん。 襖などの間仕切りを取り去れば、田の字型の座敷が三十五畳の大広間になったといいます。170年前、ここに倉真村の人々が集まり、安居院義道庄七から報徳の話を聞いたことが倉真報徳のスタートとなりました。 「貧しさから脱したい」 「村を豊かにしたい」 その思いは遠州の村々に広まり、報徳運動の流れを作り出しました。 参加者一人一人、当時の岡田家の暮らしぶりや、大広間に集まったであろう村の人々の願いに思いに馳せる時間となりました。 この研修旅行について、榛村純一社長はこんなことを言いました。 「今回の研修旅行は日本人の魂にふれる旅、報徳の根幹にふれる旅であった」と。 また、今回の研修旅行は多くの方のご協力とご配慮があったから実現したものでもありました。 竈報徳社の皆様には、事前に岡田家の草刈りをしていただき、きれいな状態で見学することができました。関係者の皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。 その場所に立つことで感じられる様々なこと。人の思いにふれ、報徳に思いを至す、貴重な旅となりました。 |