2019年06月20日(木) 

 

 

>毎年々々、終戦記念日前後にテレビで繰り返される「戦争特番」。 >いつ見ても、結果としてもたらされた悲劇と、戦争を主導した軍部の非道さだけに焦点を当てているが、一体何が生まれるのか?

 

そうですね。恨み節では、何も生まれないでしょうね。

 

> 戦争を引き起こすことで、誰がどうやって利益を得るのか、その原因構造を解き明かすこと、戦争の背後にある市場拡大絶対という観念と、それを支える体制をどう転換していくのか、という報道なしにメディアの責任を果たしているとは言えないのではないだろうか。 > 『メディアの権力』を監視するリンクより引用

 

そうですね。体制の転換が必要ですね。

 

> ***

>メディアは戦争を煽った事実と、戦後、どう向き合ったのか。>NHKはこの夏、終戦記念日に合せて反戦スペシャル番組を4夜連続で報じた。 >日本人が被害者となった「本土空襲」以外は全て、日本軍を加害者として描くテーマばかり。 

 

日本人には意思がない。だから、加害者意識がない。あるのは、被害者意識ばかりである。実に恨めしい世の中である。

 

>反軍、反戦意識を高めて、平和憲法改正反対へ世論を誘導したいNHKの思惑が透けて見える。

 

そうですね。平和念仏のようなものか。

 

>そのトリを飾ったのが「インパール作戦」である。>無謀な作戦で多くの兵士を無残な死へ至らしめたのみならず、牟田口廉也中将のその後の無責任な姿勢、言い訳の数々など、日本軍を悪く描くには格好のテーマであり、南京事件同様、メディアが何度も似たような番組を作るお決まりのネタでもある。

 

皇軍の悪口の定番ですね。こうした出し物に不自由はしない。

 

> 「樺太戦」では樋口季一郎中将を無理やり悪く描くなど、底の浅い番組づくりが露呈したが、トリを飾った「インパール作戦」では、牟田口の孫や牟田口と身近で接していた斎藤元少尉への取材など、多くの新資料もあり、見ごたえがあった。 >特に、96歳になった斎藤元少尉が「日本の軍隊の上層部が・・・悔しいけれど・・・兵隊に対する考えはそんなもんです。」と泣きながら証言するラストには胸を打たれる。

 

義理と人情の浪花節ですか。

 

>だが、最後の結論は「国家の指導者層の理念に疑いを抱く」という一語。

 

この疑いは、解けない疑問です。何しろ無哲学・能天気の国民ですからね。

 

>果たして、「トップが酷かった」「日本軍はダメだった」「だから日本の戦争は悪だった」と単純に片づけて、「やっぱり、戦争反対、改憲反対」と視聴者を洗脳するだけで良いのだろうか? 

 

相変わらずの ‘他力本願・神頼み’ ですからね。お題目を唱えて成仏するばかりです。

 

>あの戦争から日本人が学ぶべき教訓は、そんなに底の浅い話なのだろうか、という疑問が湧き上がる。

 

学ぶべき教訓は、底の浅い話ではないでしょうね。

 

> 番組に登場した山崎元少尉は、牟田口中将が朝日や毎日など、戦意高揚記事を派手に書いてくれる新聞記者を相手に大言壮語していたエピソードを語っている。 >牟田口は盧溝橋事件以来、日本の戦争の最前線で活躍し続けてきた軍人であり、戦争を煽ることで販売部数を大幅に伸ばした新聞社にとっては、格好のニュース・ソースであった。 >いわば、共犯関係でもあったのである。

 

戦争は儲かりますからね。

 

> 1931年、関東軍が満州事変をおこして以来、それを全面的に支持して国民の戦争熱を煽ったのは新聞だった。>戦争は新聞の販売部数を拡大させる絶好のネタだったのである。>当時はまだ、政府による検閲も厳しくない時代であり、朝日新聞や毎日新聞は経営判断で自主的に戦争をバックアップしたのだった。

 

ご都合主義ですね。執筆者は、絶対化の常習犯ですね。自己の考え (非現実) というものが存在しない。

山本七平は、<ある異常体験者の偏見>の中で、絶対化について述べている。「日本軍が勝ったとなればこれを絶対化し、ナチスがフランスを制圧したとなればこれを絶対化し、スターリンがベルリンを落としたとなればこれを絶対化し、マッカーサーが日本軍を破ったとなればこれを絶対化し、毛沢東が大陸を制圧したとなればこれを絶対化し、林彪が権力闘争に勝ったとなれば『毛語録』を絶対化し、、、、、、等々々。常に『勝った者、または勝ったと見なされたもの』を絶対化し続けてきた―――と言う点で、まことに一貫しているといえる。」と述べています。

 

>そして、新聞以上に世論に大きな影響を及ぼしたのが、当時、急激に契約数を伸ばしていた日本放送協会(NHK)のラジオだった。>要は、NHKも軍の共犯として戦争を遂行に加担した加害者だったのである。

 

そうですね。相変わらずの金儲けですね。

 

> 上の動画は2011年のNHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」第3回 「"熱狂”はこうして作られた」だが、NHKが番組でメディアの戦争責任に言及したのは、私が知る限り、これだけである。>毎年のように繰り返される軍部批判とは比べ物にならない。

 

メディアには、メディア批判はできませんね。日本人には、批判精神がない。自己批判はしたことがない。それは、自虐行為になる。

 

>NHK元職員・池田信夫氏は、NHKの戦争責任について番組を作る提案して上司に怒られたエピソードをツイートしている。

 

日本人には、批判精神がない。’あるべき姿’ (非現実) が想定外になっていて、現実と非現実 (考え・理想) の比較ができない。

日本人にできるのは、自己 (現実) と他者 (現実) の比較である。すると、’上と見るか・下と見るか’ の比較になって、結論に達しない。趣味には、論拠がないからである。There is no accounting for tastes. 下と見られたら恥になる。

 

> 戦争は悲惨であり、日本の軍人に酷いのがいたのは事実である。>だが、高潔な軍人、潔く責任をとった軍人も数多くおり、牟田口の例だけを殊更に喧伝して軍人だけを悪者にするような印象操作は間違っている。

 

牟田口の話は、浪花節の題材として役に立つのでしょう。

 

>戦争を戦った側より、金儲けの為に戦争を煽った側の責任の方が遥かに重いのは自明の理。>世論に著しい影響力を持つメディア自身がその責任を認め、その危険性を視聴者に伝えない限り、未来の戦争を防ぐことなど不可能であろう。

 

そうですね。日本人には、自己の意思がない。日本のメディアには加害者意識が存在しない。罪の意識がない。深い反省がない。心ここにあらざれば、視れども見えず。(大学・第三章)

 

> (中略)

>イギリス軍は日本軍に勝ったが、戦後、インドとビルマの両方を失った。>その後、マレーも放棄し、大英帝国は解体への道を辿る。>世界恐慌後、膨大な植民地帝国を有するイギリスがアメリカと組んで保護貿易に踏み切ったことが世界大戦の遠因となったが、戦争の結果、大英帝国は崩壊し、帝国主義の時代そのものが終焉を迎えた。

 

帝国主義の店じまいですね。

 

>自由貿易を満喫する戦後の日本人は、戦前、なぜ日本が資源地帯を確保するべく必死になったのか、その理由を全く理解できない。

 

日本の首脳は、自己の武力の行使により資源確保の道を打開する解決する自信があったのでしょうかね。

 

>植民地が無ければ貿易さえままならない、そんな時代がかつてあったのである。

 

そうですね。’植民地、ああ、植民地’ ですね。

 

>そうした複雑な歴史の紋様を、視聴者に説明する努力を怠り、只管、戦争の悲惨さにだけ焦点をあてて、情緒的、勧善懲悪的に「日本は悪」「日本軍は無能」とだけ報じ続けても、歴史の教訓とはなりえないし、そもそも未来の戦争を防ぐ効果さえないだろう。>寧ろ、中国、韓国の反日感情を煽る燃料となり、北東アジアの対立と緊張を招く危険さえあるのだ。

 

浪花節調では、戦争を防ぐ効果は期待できないですね。

 

>メディアの偏向した報道のせいで、日本の無能な指導者層が勝手に戦争を始めたと勘違いしている人が多いが、軍部が独走し、新聞が戦争を煽り、弱い内閣がそれを抑えられなかったというのが実態。

 

国家に弱い内閣が存在したのでは、舵がとれませんね。

 

>軍部とは、軍人とは、要は軍服を着た役人。>国民から選ばれたわけでもない権力が国民に選ばれた政府権力を凌駕する危険性。

 

国民は、相変わらずの政治音痴ですね。

 

>現在、「報道の自由」「権力監視」を盾にし、役人と結託して内閣を潰すことに夢中になっているメディアは、「統帥権干犯」を振りかざして政府の方針を軽んじた戦前の軍部とそっくりである。>メディアは歴史から何も学んでいない。

 

そうですね。メディアは学習不足ですね。

 

> *** 

 

 

 

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閲覧数50 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/06/20 18:17
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