2020年03月23日(月) 

 

 

>354874 言葉にすると失われるものがある  >匿名希望        20/03/22 PM11 【印刷用へ】 

>リンクより引用

> 人間の顔を記憶するある実験において、特徴を言葉にして記憶をすると、記憶の成績が下がってしまうという事例がありました。>言葉を使わずにぼんやりとそのまま記憶した方が、人の顔をよく覚えているのです。

 

それはそうでしようね。図形とか音声とかは言葉にして記憶すると、記憶の成績が下がるでしょうね。

 

>同様の現象は他の実験でも認められ、それらは下記のような言葉で表せる「言語隠蔽効果」として知られています。> 課題に対して言葉を用いると妨害的影響が生じる >言葉にするとき捨てている 

 

等高線で示される地図なども言葉で表現するのが難しいですね。

 

>言葉の豊かさ、という言葉を使うとき、言葉そのものの豊かさよりも、言葉に対して人間が働かせる想像力の豊かさを指している場合が多いと思います。

 

気分・雰囲気のことですね。

 

>言葉には、それだけ想像の余地があります。

 

全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではありません。想像は勝手な解釈によるものですね。

 

>しかし、それは一方で、アイデアやぼんやりした概念を言葉に落としこむ時に多くのものを捨て去っていることを意味しています。 

 

そうですね。

 

>捨てた部分を人間の想像力で補っています。

 

忖度 (推察) の内容は、聞き手・読者の勝手な解釈によるものです。話者・筆者には何の責任もありませんね。

 

>しかしそれは元のアイデアとは残念ながら別のものかもしれません。

 

そうでしょうね。何しろ勝手な解釈ですからね。

 

> 捨てずに表現するにはポンチ絵を使う 

 

それは便利な方法ですね。

 

>言葉にするときに捨て去る部分に、実は人間の顔の認識に必要な部分があるのかもしれません。 >同じように、アイデアを発想するときに、すべてを言葉にしようとすると、やはり失うものが多いように思うのです。>だから、言葉に頼らずに発想したいのです。

 

そうですね。芸術家 (音楽・絵画・造形美術など) は、非言語の活動に専念していますね。彼らの表現したいものは、実物・実音 そのものずばり。それ以上のものでもなく、それ以下のものでもない。

 

>例えばブレインストーミングなどでアイデアを検討するとき、言葉ではなくポンチ絵を書いて共有するほうが面白い企画ができあがることがあります。 

 

忖度の活用ですね。

 

>実際にやってみるとわかりますが、誰かの絵に刺激されて新たな発想が湧いてきます。

 

新たな着想が言語活動を促進しますね。

 

>そういった感化の度合いも言語よりもビジュアルのほうが優れているように感じています。> 言語化をしすぎずに、ビジュアルでアイデアを残したり伝えたりすることに慣れておくと、より面白い発想が浮かびやすくなると思いますよ。 

 

そういう事もあるでしょうね。

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数377 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/03/23 20:42
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