>終戦から78年 「日本は加害の歴史を伝えよ」とジャーナリスト・乗松聡子さん >AFPBB News によるストーリー • >20 時間 >【8月15日 CGTN Japanese】今年の8月15日は日本では「終戦から78年」の日です。 >東京生まれで、現在はカナダ在住のジャーナリスト・乗松聡子さん(58歳)は15日、中央広播電視総台(チャイナ・メディア・グループ、CMG)の取材に対し、加害の歴史を学ぶことは、日本の平和構築に不可欠だと強く訴えました。
日本人には加害の歴史はありませんね。ドイツ人にはありますね。それにより殺人工場を作ったドイツ人も特に非難されることも無く彼らの反省は日本人と比較して称賛されることもありますね。
> 乗松さんは取材に対し、戦後日本の学校教育について、「原爆や空襲の被害を取り上げて、『戦争はいけない』とか、『平和を祈る』といった、漠然とした平和教育が中心だ」と語り、「大日本帝国が行ってきた他国への侵略や、植民地支配の事実、それを支えてきた民衆の差別感情を克服するような教育はほとんどされていない」点に問題を感じたと指摘しました。
そうですね。日本人には加害者意識はなくて被害者意識だけがある。日本人は思考を停止しているから、原因の追及も分析的ではなくて漠然としている。日本人は漠然とした状態が大好きである。 照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜(づきよ)にしく物ぞなき (大江千里)
> そのうえで、「米国の原爆投下はもちろん許されないが、原爆の被害を語る時、強制連行された上に原爆で命を落とした朝鮮人や中国人が被害者の約1割を占めることを忘れてはならない」と訴えました。
朝鮮人も中国人も日本人の道ずれになりましたね。アメリカ人の捕虜 (10-13名) だけが被害者として取り上げられますね。
>また、長崎にある大村飛行場は中国への渡洋爆撃の起点であり、広島は軍都であった歴史に触れ、「長崎も広島も原爆投下で凄まじい被害を受ける大前提として、加害の地であったという史実を日本人として記憶しておかねばならない」と主張しました。
同感ですね。長崎も広島も加害の地でしたね。
> 今年は、1953年の朝鮮戦争停戦協定から70年に当たります。 >これについて、乗松さんは「この戦争は日本から解放されたはずの朝鮮が分断され、内戦状態となり、最後は米中戦争の様相も呈し、日本も加担した。
日本は朝鮮動乱の特需ブームで復興ましたね。
>この戦争でさえいまだに終結できていないのに、今、米国と日本を含む同盟国は再び新たな戦争を中国に仕掛けようとしている。
中国はしたたかな国ですからね。 中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 (お) う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。 ・・・・・ 中華 (ちゅうか) [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる] 東夷 (とうい) [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した] 南蛮 (なんばん) [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう) [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき) [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。
>広島と長崎は戦前から大日本帝国の中国侵略の拠点だったが、現在も日米の基地が張り巡らされ、再び侵略戦争の拠点になってしまっている」と現状の東アジアの安全情勢を憂慮しています。
中国は周りの国ぐにに迷惑を掛けていますからね。中国も加害者意識のない国ですから、広島も長崎も守りの拠点になっていますね。
> 乗松氏はまた、「日本人が常に加害の歴史の事実を学び、それを記憶し、継承し、二度としないという決意を持ち続けてこそ、初めて友好が可能になる」と指摘し、メディアの受け手に対し「嫌中情報に踊らされず、批判的な目を養い、人と人との交流を大切にすることが、平和を促進し、戦争を防ぐことになる」と訴えました。
日本人の手本はドイツ人ですね。 意思がなければどうなるか。受動があって能動がないことになる。だから、被害者意識があって加害者意識がない。罪の意識もない。これはアニマルも同じである。罪の意識のある人たちにとって、これは得体のしれない人達である。 WGIP(War Guilt Information Program)とは、大東亜戦争後の昭和20(1945)年からサンフランシスコ講和条約発効によって日本が主権回復を果たした昭和27年までの7年間の占領期間に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領政策として行った、戦争への罪悪感を日本人の心に植えつける宣伝計画ですが見事に失敗しました。意思の無い人間に自分の罪の存在を理解させるのは難しいからです。従って日本人の全ての宗教は罪と離れたところに存在します。罪の意識に苛まれる病める魂の持ち主を救済する必要がないからです。
わが国には加害の歴史がありませんね。中国もそうですね。印欧語族以外は加害の歴史がないでしょうね。だから地獄の苦しみも想像できない。 印欧語族には意思があり、人民は加害者意識を経験する。罪の意識に苦しむ人がいる。それで、贖罪やら涅槃を使って宗教家が罪人を救済しています。 印欧語族は哲学 (スコラ哲学・印度哲学) を解する人たちでもある。過去・現在・未来とか、前世・現世・来世とか独立した三世界の内容をそれぞれの頭の中に持っている。これは印欧語には時制 (tense) というものがあるからである。 日本人には意思が無い。意思の無い人間には加害者意識がない。罪の意識もない。だから日本の宗教 (神道・仏教) は魂の罪人の救済を目的とするものではない。
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