石橋英昭氏 |
>朝日新聞 >大空襲の夜、蔵王に消えた米軍機 80年後、敵と味方が誓った平和 >朝日新聞社によるストーリー・ >7時間・ > 1945年3月10日未明、蔵王連峰・不忘(ふぼう)山(1705メートル、宮城県七ケ宿町)に3機の米爆撃機が墜落し、米兵34人全員が死亡した。 >出来事を記憶にとどめようと、地元の人たちがふもとにつくった公園が開園10年を迎え、25日に記念式典が開かれた。 >かつての敵味方を超え、日米の関係者が犠牲者を悼んだ。 > 東京大空襲に加わるはずだった3機のB29がなぜか航路を外れ、300キロ離れた山頂付近に相次いで激突したとされる。 >「ごう音とともに山肌が赤く染まった。翌朝、警防団が登って確かめると、岩場に遺体が転がっていた」。 >地元にはそんな証言が残る。 > 式典には犠牲になった米機の機長を伯父に持つスティーブン・コーズマイヤーさんが、米国からオンライン参加。 >「この公園は、日本人の寛大な心、誠実な姿、思いやりの深さを示している」と、感謝のメッセージを伝えた。
そうですね。日本人には意思がない。だから意思の内容により個人を区別しない。日本人は罪人を指し示すことも難しい。
> 現地出席したマーク・ウェベルス在札幌米国総領事は「墜落したのは、住民からすれば憎き敵国の兵士たち。
意思のある人間は敵と味方に分かれる。意思が無ければただの人間同士である。だから寛大になれる。
>にもかかわらず同じ人類として救出を試み、死を悼んでくれた。 >私たちは今や、友情で結ばれた同盟国となった」とあいさつ。 >続けて、牛嶋築・陸上自衛隊東北方面総監が「これからも米軍と協働連携を図り、抑止力、対処力を高めてゆく」と述べるなど、日米同盟の強化をうたう場になった。 > 献花や読経に続き、陸自東北方面音楽隊と米空軍太平洋音楽隊による共演もあった。 > 不忘山の悲劇は、七ケ宿の人々の間で語り継がれてきた。 >1961年、有志の発意で墜落地点近くに追悼碑を建立。 >その先人たちの思いを受け継ごうと、戦後70年の2015年、建設会社社長だった高橋良夫さんが私財を投じて開いたのが、不忘平和記念公園だ。 > 長老地区の約10ヘクタールに両国を象徴するハナミズキとサクラを植え、米兵一人一人の銘板を設置。 >開園10年のこの日、新たに二つの鐘も除幕された。 > 高橋さんは4年前、79歳で亡くなった。 >後を継いだ息子の敬(たかし)さん(50)は「国外では紛争が絶えない。 >私たちに一つでもできることとして、この地から世界平和につながる発信をしてゆきたい」と話した。 >謎に包まれた墜落から80年。 >当時の記憶がある人は、いなくなりつつある。 >今も山頂近くでは、焼夷(しょうい)弾の残骸や機体の破片が見つかることがあるという。 >(編集委員・石橋英昭)
アメリカ人には意思がある。だから祖国をまもる兵士の勇気を称えて追悼をする。 日本人には意思がない。だから勇気を出して自分の意思を全うすることもない。 日本人は敵味方の区別なく兵士の供養をする。意思の無いアニマルも同様に供養する。筆供養、針供養まである。
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