2025年12月05日(金) 

 

>ダイヤモンド・オンライン   >「そりゃGDP上がるわけだ…」日本人社員が面食らった、インド経済を押し上げる実力の正体【最新GDP8.2%増】   >17時間・   
>「いつも、考えすぎて損してばかり!!」   
>日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?   

そうですね。日本人は ‘ああでもなければ、こうでもない’ ですね。   

>「“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。   
>数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。    
>新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。   
>今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)    
インド民の徹底した実利主義」
>インドのGDPがいよいよ日本を抜き去ろうとしている。   
>14億人も人口がいるのだから、自然なことかもしれないが、これまで4位を維持してきた我が国日本が、途上国だと思ってきた国にその座を明け渡すのは事実だ。   

そうですね。   

>「インド」と聞いた時、大体の日本人が想像するのは、経済大国のイメージではなく、カオスのような雑踏と、不衛生な環境だ。   

そうですね。インドの道路に白線のないのを見てもそれがわかりますね。   

>そのイメージは依然として正しい。   
>ただ、経済成長という面からインドの人々を見ると、現代日本人がどうしてもかなわない点も見えてくる。    
>その一つが、「徹底した実利主義」である。   
>規格外の「手を抜く」「任せる」メリハリ   
>では、「徹底した実利主義」とは何か。   
>インド民は目に見える便益にフォーカスし、余分なことについては、手を抜く・誰かに任せることを徹底できるメンタリティがある。   
>儲かることにリソースを集中させ、それ以外への無配慮・無遠慮が規格外なのだ。   
>このような彼らのメンタリティは経済の拡大局面では、強みを発揮する。    
>具体的なことを言えば、生産量増加のための設備投資、売上を上げるためのなりふり構わないセールス、それらを実現するためのアグレッシブな資金調達、こういった供給力に直結する基本的な取り組みに全力投球し、枝葉の企業活動は随分とテキトーにこなしても、なんとも思っていない様子が現地では垣間見える。    
>オフィスは簡素でも「人に見えるところ」は豪華    
>逆に、日本の旧態依然とした大企業の中で行われている日々の仕事を見ると不安になる。    
>二、三人の目にしか触れない資料を何日もかけて作成したり、生産能力に間接的にしか寄与しない研修に時間を割いたり、「あったらいいな」程度の機能の開発に工数をかけたり。   
>このような供給力に直接寄与しない仕事を仕事っぽくやっている。   
>さらに痛いことを言えば、社内の様々な部署のコンセンサスや納得感を得るために何回も会議を開いたり、社会への配慮の名のもとに、サステナビリティ対策やCSRなどと言った「輸入された横文字」の活動に精を出している。    

そうですね。進歩的な日本人ですね。    

>インド民は実利に関係のないことがほんとに嫌いだ。    

インド人その点チャッカリしていますね。   

>インドの地場の企業に訪問すると、オフィスエリアは意外に簡素で、華美な結婚式や自宅の装飾が大好きなインド民の会社とは思えないほど金がかかっていない。   
>こういうところは財布の紐がめっぽう固い。    

そうですね。   

>「速すぎて無遠慮な意思決定」    
>意思決定の速さも経済の拡大に繋がっている。   
>他者に対する配慮や遠慮がなく、非常に大胆だ。   
>決定権がある機関や部署が、ものごとをどんどん決めていく。   
>もちろんそれなりの相談や確認はするのだが、最後に相手に「納得」してもらうようなことを重視せず、自らの決定権のあることを進めていく。   

意思のある所に方法がある。Where there’s a will, there’s a way.
日本人には意思がない。意思の無い人間には責任がない。責任のない人には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]        

>モディ首相が2016年、2023年に実施した高額紙幣の廃止や新紙幣への移管はその代表例だ。   
>これによって多少なりとも混乱や不便は起こったが、結果的に経済全体に対して良い影響となる施策がスピード感を持って実行できた。   

そうですね。それは不言実行ですかね。     

>こういった意思決定の速さと、ある種の無遠慮さが、供給力の急速な増加に繋がっている。   

インド人は印欧語族ですね。印欧語族の文法には意思 (will) がありますね。これが重要なところです。      

>日本人が忘れた「推進力」の正体   
>私も、赴任した最初の頃はインド民のことを、「困った奴ら」だと思っていたが、物事が決まっていく圧倒的な速さと、どんどん増えていく周囲のオフィスビルを見て、彼らの行動力と人生を前に進めていく推進力には、日本人が忘れてしまったものがいっぱい詰まっていると感じた。   

そうですね。意思を持たない人たちの意図の表し方はまるで他人事である。
フランク・ギブニー (Frank Gibney) 氏の著書 <人は城、人は石垣> には、日本人の意思決定に関して次のようなことが書かれています。
ペリー提督は、日本人はアメリカ人のように敏速に行動しないと注意された。それは、このように説明された。数人の日本人が黒船を訪れたいと思って集まったとする。一人が「いい日だな」という。これに二人目が「なんという気持ちのいい日だ」と調子を合わせる。三人目が「波も見えないぞ」という。最後に四人目が「船に行ってみようじゃないか」と提案する。  ニューヨーク・デイリー・ニューズ (1854年6月13日) (引用終り)    

>このようにインド民の生活や生き方から、日々「考えすぎ」て、自分の人生を生きられていない日本人こそが学ぶべきメンタリティや技術を『インド人は悩まない』で解説している。   
>これまであなたが見たことがない彼らの社会を覗いてみると、きっと新しい扉が開くはずだ。   

そうですね。日本人には新しい扉が必要ですね。      

>(本記事は『インド人は悩まない』の一部を抜粋・調整・加筆した原稿です)

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        
頭を使うということは暗記力を示すことではなく自己の見解を明らかにすることである。高等教育機関に在籍して自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   
何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

 


閲覧数35 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2025/12/05 06:21
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