泉健太氏 |
>イザ >「戦う前に死んでいた」「今すぐ引退を」野田佳彦元首相の負け惜しみにSNS総ツッコミ! 泉健太氏の身内マジレスには称賛も >15時間・ >先の衆院選惨敗の責任を取り、中道改革連合の共同代表を辞任した野田佳彦元首相が16日付の自身のブログで「ガチンコ勝負で負けたという実感はない」と発信し、党内で異論が噴出したが、同党の泉健太衆院議員が19日、インターネット番組で「完全に負け惜しみでしょ。 >何言うてるの」とかみつき、野田氏の主張が再び注目されている。 >野田氏はブログで「自民党にガチンコ勝負で負けたという実感はありません。 >高市早苗総理への期待感だけの『推し活』のようなイメージ論に、選挙戦全体が支配されてしまった」と敗戦の弁をつづった。 >これに、泉氏は19日のインターネット番組で「完全に負け惜しみでしょ。 >何言ってんの、と思うよ、正直。何言うてるの、だ。 >こんなの。ガチンコで負けた気がしていないとしたら、感覚が鈍っているということだ」と述べた。
今も昔も日本人は同じこと。 昔は ’我々は精神力ではアメリカに勝っていた。日本はアメリカの物量作戦に負けたのだ’ と言っていた。日本人の努力目標が狂っているから戦いには勝てないですね。
>「ガチンコではもっと勝てないだろ」 >野田、泉両氏の主張にXは、野田は今すぐ引退した方がいい >ガチンコではもっと勝てないだろ >ガチンコというよりも、なす術もなく一方的に負けたという感じ。 >例え、体勢がよかったとて、、、ガチンコ以前の負け >ガチンコの材料が無かったもんね。 >完全武装の自民党vs丸腰の中道、みたいな話にならない準備不足
撃ちてしやまむ。古代風ですね。皇軍の玉砕か。
>いや実際選挙前に盛大に自爆したからガチンコはしてないんじゃない? >戦う前から死んでた、が正しいよ
七生報国ですかね。
>まぁフルボッコにされたからガチンコに思う前に終わってたんでしょ >野田氏の二回の選挙大敗の「反省」のなさと、その発言にもある「大敗は推し活のせい」というバカげて幼稚な理屈で納得する人たちをみるに、日本型リベラル・左派は出口なしだな
‘立憲民主党の代表選は賞味期限切れの人材ばかり。いったんトップを退陣した者が復帰するような組織は硬直する。ましてや枝野や野田は民主党政権を潰した『戦犯』だ。そんなに人材がいないのか’ (上野千鶴子氏(76)東大名誉教授 社会学者) 枝野・野田の古代生物が生き延びるのは、党内に健全な批判精神がないからでしょうね。 自浄作用がない。
>野田佳彦さんは、残念な民主党や立憲民主党の衆院候補者を大量落選させるスキルを持っていることは確かでしょうと野田氏の主張に反論する投稿が相次いだ。 >「あんたも何言うてんの?」 >野田氏に直言する泉氏に対しては、まともなやつもいるんだこれ、いろんな意味で小川さん(=中道改革連合の小川淳也代表)は言えないことなので、泉さんが明言するのは大事。
物言えば唇寒し秋の風。中道の風潮ですね。
>これからの泉さんの役割は、実は非常に大きいと思うと評価する声が上がる一方で、あんたも何言うてんの? >尾羽打ち枯らしぼろぼろになっとる人をどうのこうの言うより、前向いて進まなあかんのと違う? と衆院選で壊滅的なダメージを受けた党勢回復を優先させるべきだとの声もある。 >また、泉氏にはこんな声もある。 >そろそろ離党かな >ここら辺は泉さんはまともなんだよな。 >何で中道に居るの?って感じだが >泉氏は、党執行部が自身を衆院副議長に推す方向だとする一部報道を念頭に、Xで「なぜ俺に回ってくるのか。 >上はどう考えているのか」と疑問を呈するなど、このところ発信が目立っている。
上はレイムダック (lame duck) でしょうね。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。 わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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