枝野幸男氏 |
>tend >「枝野寝ろ」から「ハローワーク行け」へ…落選で生活苦を訴える枝野幸男氏に批判殺到!高収入時代の蓄えはどこへ? >tendの意見・ >14時間・ >かつての「ヒーロー」がさらけ出した醜態…講演依頼で食いつなごうとする甘い特権意識に国民の怒り爆発
‘立憲民主党の代表選は賞味期限切れの人材ばかり。いったんトップを退陣した者が復帰するような組織は硬直する。ましてや枝野や野田は民主党政権を潰した『戦犯』だ。そんなに人材がいないのか’ (上野千鶴子氏(76)東大名誉教授 社会学者)
>かつて野党の顔として政界の最前線に立ち、東日本大震災の対応では「枝野寝ろ」と国民から労いの言葉をかけられた男が、今や「上級国民」の傲慢さを露呈し、激しい指弾を浴びています。
批判精神にない党員。自浄作用のない政党。 何が悪いのか今もわからない。
>2026年2月の衆院選で落選した中道改革連合の枝野幸男前衆院議員。 >自身のSNSで「政治献金だけでは食べていけない」「講演料をいただける機会は助かる」と吐露した懐事情が、物価高に喘ぐ国民の逆鱗に触れました。
それは自己の個人的なことですね。
>長年、一般サラリーマンの生涯年収を数年で稼ぎ出す歳費を手にしながら、落選した途端に生活の不安を口にする。 >この金銭感覚の麻痺に対し、ネット上では同情を一切排除した冷徹な声が並んでいます。 >『普通の人は講演をやるだけで食べていけるなんて選択肢はありません。 >落選後も知名度で稼ごうとする姿は、一般人と比べれば十分に恵まれている』
そうですね。
>『十数年も高収入があったはずなのに貯蓄すらしていないのか。 >批判だけで高給をもらっていた環境から転落しただけで同情を買おうとするのは、あまりに虫がよすぎる』
そうですね。
>『ハローワークへ行ってください。 >リストラや派遣切りに怯える人々が必死に職を探している現実を、国政を担った人間として直視すべきだ』 >『自分が何をしてきたのか、収入が激減した今こそハローワークの列に並んで考えるべき。 >もう二度と政界に戻ってきてほしくない』 >かつて震災対応で寝食を忘れて奔走した際に贈られた「枝野寝ろ」という言葉。 >しかし、今SNSで飛び交うそのフレーズには、甘い夢を見ていないで現実を見ろ、そのまま隠居して寝ていろという痛烈な皮肉が込められています。 >自身の政策不足で困窮する国民を差し置いて、真っ先に自分の財布を心配する姿は、政治家としての資質そのものを否定されるに十分なものでした。
そうですね。政治家には政治哲学が必要ですね。
>講演一回で数十万円を期待できる立場の人間が、明日の米代にも困る困窮者の前で「食べていけない」と嘆く。 >その無自覚な選民意識こそが、彼を落選に追い込んだ真因ではないでしょうか。
そうですね。彼は無哲学・能天気ですね。
>ハローワークの門を叩き、一人の労働者として冷酷な社会の現実を体験することこそ、今の彼に必要な「修行」と言えるでしょう。 >The post 「枝野寝ろ」から「ハローワーク行け」へ…落選で生活苦を訴える枝野幸男氏に批判殺到! >高収入時代の蓄えはどこへ? >first appeared on tend. 「あなたの好きが、ここで深まる。」
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 高等教育機関において自己の個人的な見解を明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。
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