朽木祥氏 |
>集英社オンライン >「どんなに言葉をつくっても原爆の悲惨さは言い表せない」被爆二世が忘却に抗ってでもヒロシマの実相を書く理由「原爆文学は日本にしかない」 9時間・ >〈「死んどるのに死んどらん」生死すら不明の「幽霊戸籍」の人々…広島・原爆供養塔に眠る7万人の名もなき犠牲者と今も続く家族探し〉から続く >広島市に原爆が投下されて80年以上過ぎた今もなお、その爪痕は深く刻まれたままだ。 >多くの死者はもちろん、大量の放射線を浴びた被爆者たちは心身の後遺症に苦しんだ。 >この忘れてはならない「負の記憶」から学ぶべき教訓は多い。
学ぶべきはその原因ですね。原因究明がぜひとも必要ですね。さもないと負の出来事は限りなく繰り返されます。
>もし核戦争が起きたとして、核兵器使用の可能性を軽々しく口にする現代の政治家たち、そしてそれを支持する人たちも「被害者にならない」ということはありえないのだ。
そうですね。
>書籍『原発回帰を考える 3.11から15年目の大転換』から抜粋・再構 (略) >核兵器使用の可能性をいとも簡単に口にする為政者 >今日、世界を見ていて慄然とさせられるのは、核兵器使用の可能性をいとも簡単に口にする為政者や極右の人々が、いかなる理屈をもってしてか、自分たちを被害の圏外に置いているらしいことである。 >確たる安全性を担保せぬまま原発を推進しようとする人々も同様だ。 >原子力と人類は共存できない。 >もしも再び核兵器が使用されることがあれば、誰一人その被害からは逃れられない──その厳然たる事実を彼らは認識していないのである。 >原爆投下や原発事故の実相から目を背けず、被爆や被曝のもたらした恐ろしい結果を自分事として捉えるならば、核兵器使用などは考えもしないはずなのだ。 >「核の平和利用」などという聞こえのよい言葉にもごまかされないだろう。 >2025年現在、日本という小さな国に原発は(廃炉確定24基、建設中3基を含め)60基ある。 >地震は頻発している。 >遠い国で起きた地震によって押し寄せる津波もある。 >フクシマは容易にまた繰り返される可能性があるということなのだ。
そうですね。
>さらに、原発について懸念されるのは事故だけではない、攻撃にさらされる危険性もある。 >これらを真剣に踏まえれば、現状のままの原発回帰などありえないだろう。 >2011年の原発事故後、海外出張の先々で、慰めの言葉と共に被害について熱心に問われたのを思い出す。 >フクシマを教訓として脱原発に舵を切った国も多い中で、今また日本が後ろ向きに発進しようとしているのはなぜなのか……。 >唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約を批准できないことと同じ構図に見えてならない。
核兵器の重要性が認識されているからでしょうね。
>戦後80年に実施されたアメリカの世論調査において「原爆投下は正当化されるか」という問いがあった。 >「正当化されない」と答えたのは全体の31パーセントで、肯定派の35パーセントには及ばなかったものの、18〜29歳の年齢層では否定派が44パーセントに上っている。 >ノーベル平和賞を受賞したICANや被団協の長年にわたる活動や発信に加え、オリバー・ストーン監督らの作品などさまざまなジャンルからの発信によって、被爆の実相、核兵器使用の非人道性が伝わりつつあるということなのだろう。 >児童文学だが、拙著『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』(講談社、2013年)の英語版“Soul Lanterns”(Penguin Random House,2021)が刊行されると、アメリカの書評サイトに驚くほどたくさんの感想がアップされた。 >多くが同じことを書いていて、それにも驚かされた。 >すなわち「自分たちはこのようなことは知らなかった」「自分たちはこのようなことは学校では教わらなかった」と。 >「このようなこと」というのはヒロシマのあの日と、その後に長く続く苦しみのことである。 >細々とでも発信することには意味があると感じさせられた反響だった。 >核兵器や原発についての意識を変えていくためには、まずは「負の記憶」を語り伝えなければならない。
日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから現実肯定主義者になるしかない。しかし現実肯定主義者が事実だけ伝えても問題は解決しない。 意思のある所に方法はある。Where there’s a will, there’s a way. 意思の内容は非現実の中にある。日本人には非現実がない、意思がない。これが問題の核心である。
>言うまでもないことだが、「原爆文学」は日本にしかないのである。 >忘却に抗って書く >はびこりつつある歴史修正(改竄)主義の果てには「原爆投下なんてなかった」「それほどの規模ではなかった」などという言説がまかり通る日が──まさかとは思うが──来るのではないかという恐れさえある。 >例えば昨今、広島を訪れる内外の若者たちが、きれいに整備された平和公園を見て「公園の上に原爆が落ちてよかったですね」と言い、復興した市街を見て「被害はそれほどでもなかったんですね」と言う。 >1945年8月6日、晴れ渡った空の下には賑やかな廣島の街があり、ささやかでもかけがえのない数多の暮らしがあった。 >だが、一発の原爆によって何十万ものかけがえのない命が奪われた。 >過去形ではない。 >進行形でもある。 >今も放射線由来の病に苦しむ人もあれば、二度と帰ってこない誰かを待ち続けている人もある。 >この人たちは皆、未来の私たちでもありうる。 >原発事故後、福島の人々が避難の困難さに加えて差別や風評被害に苦しめられていることを知るにつけ、広島市民の戦後に重ねずにはいられなかった。 >同時に、私たちがヒロシマ(やナガサキ)をもっと伝えてこなかったので、フクシマに繫がったのではないかという悔いに苛まれた。
ヒロシマ(やナガサキ)の原因究明は終わっていないですね。だから過ちは防ぎようがない。何回でも繰り返しますね。
>だからこそ、忘却に抗って書く。 >過去の「負の記憶」を語り伝えることは、未来に二度と同じことが起こらないよう警戒することと同義だからである。
事実ばかりの報告では手も足も出ませんね。ごまめの歯ぎしりですかね。
>共感共苦をもって「負の記憶」を心に刻むなら、その先には核兵器使用も、安易な「核の平和利用」もありえないはずなのだ。
負の記憶の内容の原因究明が大切ですね。‘それでどうした’の問いには答が必要ですね。
>文/朽木祥
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