原発事故15年 |
>東京新聞 「原発再稼働、福島を忘れたか」「息子の進学先・新潟でまた事故の心配が」<原発事故15年 今思うこと> >1日・ >〈原発事故15年 今思うこと〉㉔ > 東京電力福島第1原発事故から15年。 >原発事故に翻弄(ほんろう)された「声」を連載で伝えていく。 >(聞き手・山川剛史) >◆フォトジャーナリストの豊田直巳さん(69) > (旧ソ連の)チェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故の取材経験から、福島第1原発事故の被災地も厳しい状況になるのは分かっていましたが、この日本でも家屋が朽ちるより早く解体が進み、人が急減する現実をなかなか受け止められませんでした。 > 地域が破壊され、住民が切り捨てられる。 >その事実を残すのが自分の使命。 >その一つが写真絵本「それでも『ふるさと』」のシリーズ(農文協刊)です。 > 東京電力柏崎刈羽原発も含め多くの原発が再稼働しましたが、福島を忘れたのでしょうか? > どこの避難計画も、目先の避難のことだけ。
そうですね。後は野となれ山となれですね。
>仮設住宅に6年も7年も住み、15年たった今も避難中の人が数多くおり、それくらいの期間を想定した避難計画が不可欠です。
そうですね。
>◆福島県相馬市の高村美春さん(57) > 埼玉県、山形県へと幼い息子を連れて避難を繰り返し、原発事故の2年後に南相馬市に戻りました。 >住んでいたのは市内でも放射線量が高めの場所です。 >心の中では、戻ってしまったという思いがあり、子どもに何を食べさせ、飲ませればいいのか心をくだきました。 > その息子も大学生となって新潟県に行き、この子のため放射線のこと考えなくていいんだ、「心の避難」が終わったんだと思いました。 > しかし、今度は行き先の新潟県の東京電力柏崎刈羽原発の再稼働問題です。 >もし、また事故が起きればどうすればいいのか。
日本人には意思がない。意思のあるところに方法はある。 意思は作業のチェック機能として働く。意思がなければチェックもない。 日本人の馴れ合いはチェック機能を台無しにして、組織全体を崩壊に導く。人災ですね。 https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864212
> 大震災後は脱原発、やさしいエネルギーだと言われていたのに、喉元すぎればまた旧来の原発回帰。 >どうかしています。
そうですね。人災はわかっちゃいるけどやめられない。ダメな日本人ですね。
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