西村則康氏 |
>プレジデントオンライン >中学受験に早期教育はいらない...2026年の入試問題を見ればわかる「本当に頭のいい子」が育つ家庭力の中身 >西村則康の意見・ >1週・ >2026年の中学入試にはどのような傾向があったのか。 >プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康さんは「昨今の入試問題は、これまでどのような学習をしてきたのかという学びの姿勢を見るようになっている。 >親は各学校の2026年の問題を見て、解いてみてほしい」という――。 >「社会は暗記科目」は過去の話 >首都圏の中学受験ブームが続いている。 >低学年のうちは、「うちは中学受験なんて……」と遠巻きで見ていた家庭も、高学年になりクラスのほとんどの子が受験すると聞いて、慌てて参入するケースは少なくない。 >そんな家庭で起こりがちなのが、親世代が持つ間違ったイメージの勉強法だ。 >とくに「社会は暗記科目」という思い込みは、今の時代はまったく通用しない。 >男子御三家の一つ武蔵中の入試問題を例にあげよう。 >まず、その問題文の長さに度肝を抜かれるだろう。 >A4サイズ3枚分の問題文、一体いつになったら問いが現れるのだろうと不安になる。 >テーマは「歌舞伎」。 >猿楽・能楽から能・狂言へ、さらに出雲阿国の「かぶき踊り」が、江戸時代の「歌舞伎」へと変化したことが事細かに書かれている。 >ようやく現れた問いは10問。 >はじめの数問は、塾の授業でも習った内容なので、すばやく解けるだろう。 >しかしその後は、これはもはや国語の読解問題なのではないか、と思うような問いが続く。 >ただし、問題文や資料を丁寧に読み進めていけば、解けるような仕掛けにはなっている。 >好奇心と粘り強さがなければ太刀打ちできない >そうはいっても、この大人でも怯むような長文を、短時間で丁寧に読み進めていくのは容易いことではない。 >つまり、「そこに何が書かれているのだろう?」という好奇心と粘り強さがなければ、太刀打ちできない問題展開になっているのだ。 >では、その好奇心はどこで育まれていくかといえば、家庭だ。 >まわりに流されるかのように中学受験を始める家庭がある一方で、幼い頃から学習系の習い事を詰め込み、中学受験の準備を着々と進めている家庭も少なくない。 >しかし、中学受験に早期教育はいらない。 >それよりも、幼少期にやってほしいのは、たくさんの遊びと親子の会話だ。 >昨今の入試問題は、過熱する中学受験に対してささやかに抵抗するかのように、単なる知識の確認ではなく、「君たちはこれまで世の中のさまざまなことについてどれだけ関心を持って過ごしてきた?」という生活記録が問われているように強く感じる。 >つまり、家庭力が問われているのだ。 >家庭での会話が国語の読解力につながる >家庭力の重要性は、国語入試でも顕著だ。 >国語の物語文といえば、かつては自分と同じ歳の子と友達との関わりを題材にしたテーマが多かったが、近年は実にさまざまな場面設定の物語が題材として選ばれている。 >先にも紹介した武蔵中では、自分を出産したときに脳出血で植物状態となってしまった母と、その娘の物語が起用された。 >とても繊細なストーリーを12歳の男子が理解するのは容易いことではない。 >国語といえば、かつてはテクニックで解けるものもあったが、それ以前に他者共感ができる成熟度がなければ歯が立たないだろう。 >女子難関校の豊島岡女子学園では、飼っていた猫の死という深い悲しみから、主人公が立ち直っていくまでの物語が登場した。 >子供同士の世界だけではなかなか知ることができない心情表現が出てくる。 >こうした心の機微が理解できるようになるには、やはり日ごろから大人とどこまで深い話をしてきたかが大きい。 >算数入試はテクニックから思考力へ >中学受験では昔も今も、得点力で差がつきやすい算数入試が重視されている。 >しかし、ここ10年の間に、ゆるやかな変化が起きている。 >かつての算数入試は、脊髄反射のように問題を素早く解くことや、小学生の学力レベルを超えるような難問・奇問を解かせることでふるいにかけていたが、近年はこうしたテクニックだけで解ける問題はほぼない。 >それに代わって、問題文を丁寧に読み、一度自分の頭の中に取り込んで、自分の頭で考えて答えを導き出す思考力を求める問題が主流となっている。 >もともと難関校の一部ではそのような入試問題が出題されていたが、近ごろは中堅校でもその傾向が見られるようになってきている。 >こうした問題にシフトチェンジしている背景に、大量演習やくり返し学習で知識を詰め込んできた子ではなく、自分の手を使い、自分の頭を使いしっかりと考える習慣を身に付けてきた子に来てほしいという学校側の思いを強く感じる。 >では、今後どのような受験対策が必要になるか――。 >全教科に求められる「学びの姿勢」 >受験勉強というと、何をどのくらいやらせるかという手段や量に目が行きがちだ。 >しかし、昨今の中学入試を見ていると、「何を学習するか」よりも「どのように学習するか」という行動を重視しているように感じる。 >例えば算数なら、「なぜそうなるのか」納得感を持った深い理解をしているかどうかを見極める問題が定着しつつある。 >それはすなわち、入試本番という緊張感のある中でも、落ち着いて問題文を丁寧に読み、今分かっている情報と既存の知識を照らし合わせながら、図を描いたり、数字を書き出したりと自分の手を動かして、しっかり考えようとする姿勢を見ているともいえる。 >つまり、これまで「どのような学習をしてきたか」学びの姿勢を見ているのだ。 >勉強を早く始めるよりも重要なこと >こうした姿勢を身に付けるには、日ごろから「今何が分かっているのか」「この問題では何を聞かれているのか」「何を書けば解けそうな気がするか」「あと何が分かれば解けるか」といった自問自答の習慣を付けることが重要だ。 >はじめから子供だけでやるのは難しいので、習慣化するまでは親が声かけをしてサポートしてあげるといいだろう。 >それをくり返すことで、自分で考える姿勢が身に付いていく。 >国語、社会、理科については、机上の勉強よりも、まずは世の中で起きているさまざまな出来事や自然現象に興味が向くよう、家庭内での会話を大切にしてほしい。 >近年の中学受験は勉強がハードという情報だけが一人歩きし、人よりも早く勉強を進めることがアドバンテージと思い込んでいる親は少なくないが、頑張るのはそこではない。 >まずは各学校の2026年の入試問題を見て、解いてみてほしい。 >そこから、どんな力を伸ばすべきかが見えてくるはずだ。 >---------- 西村 則康(にしむら・のりやす) 中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。 >これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。 >新著『受験で勝てる子の育て方』(日経BP)。 > ----------
日本人には意思がない。それで加害者意識もない。罪がない。それで日本人は真面目人間になれない。大人になれない。子供の国は持続する。 日本では子供の勉強はできるが、大人の勉強はできない。子供の勉強は他人の受け売りであり、大人な勉強は自己の見解を明らかにすることである。 子供の勉強は没個性的であり、人並みになる教育である。採点は序列人間をつくる。大人の勉強は個性的であり内容が一人一人違っている。その成果は才能教育になる。 子供の勉強には親は金を出す。浪人の勉強にも親は金を出す。だが大人の勉強には金を掛けない。掛けても日本人には世界観がないから我が国の高等教育は発展しない。子供の国は変わらない。
子供には現実 (事実) ばかりがあって、非現実 (哲学・考え) がない。 英米流の高等教育は子供に哲学を獲得するための教育である。 英米流の高等教育は子供を大人にする為の教育である。 子供が思春期になって、言語能力が飛躍的に増大するのを待って高等教育が行われる。
英語の文法には時制 (tense) というものがあって独立した非現実の三世界 (過去・現在・未来) を表現することができる。 未来時制の文を使えば自己の意思を表すこともできるようになる。 意思を表すと加害者意識も経験することになる。 それが高じて罪の意識も理解できるようになる。思春期には罪の告白も可能になる。 深い反省にも陥ることもあるので原因の究明が行われる原動力になり、事故の原因究明がうやむやにはならない。
中部電力が、浜岡原発のデータを不正に操作した問題を受け、福島の原発事故の原告団が、声明を出しました。生業訴訟・中島孝原告団長「一連の流れは福島第一原発事故の教訓を学んでいない、あるいは学ぼうとする姿勢もないことからきていると感じた」 日本人には罪の意識がない。それで真面目人間になれない。日本人は軽薄であり続ける。
罪の意識が高じて魂の救済を必要とする人も出て来る。だから、贖罪のための宗教 (キリスト教) も重要になる。 こうしたことで浅薄な人間が思慮深い人間に変身する。天真爛漫な子供の顔が、悪びれた大人の顔になる。 どこの国でも高等教育に力を入れることになる。
哲学は非現実 (考え) の内容であるから、思考を停止している日本人には縁がない。 日本語は現実の内容だけを話す写生画のような言語である。 日本式の判断だと見ることのできる内容は本当の事である。見ることのできない内容は嘘である。日本人は未来の世界の内容に確信を持つことができない。 だから現実の言葉 (日本語) を話す人が非現実を語る学習を開始すると常に失敗する。 嘘ばかりついていては学習に力が入らない。だからわが国は英米流の高等教育の導入に失敗した。何処の印欧語族の国も日本に我が子の高等教育の成果を期待する者はいない。
今の地球はアングロ・サクソンの支配体制にある。哲学が相手を引き付けて人々の尊敬を得る。アフリカ系米国人はアメリカの大統領になった。インド系英国人は英国の首相になっていた。これらは高等教育の賜物である。インド人は印欧語族であるからアングロ・サクソンと相性が良い。哲学 (インド哲学、スコラ哲学) がある。そして彼らには真の地獄がある。
当の日本人の若者はいまなお序列競争にうつつを抜かしていて、教育内容の吟味などする余地がない。 難関出身者が序列社会で優位に立つ話ばかり気を取られている。それで国のかじ取りが危うくなっている。
|