2026年04月26日(日) 

 

>東洋経済オンライン   >学校の勉強では教養が身につかない最大の不都合   >チェ・ソンホの意見・   >10か月・   

>「教養がある人」と聞いて思い浮かべるのはどんなことだろう?    

>クラシック音楽を聴きながら優雅に紅茶を飲む――。    

>教養について、多くの人はこんなステレオタイプのイメージしか持っていない。    

>また、ある特定のジャンルにおいて知識の豊富さをひけらかす人がいるが、彼らもまた教養人といわれるわけではない。    

>韓国で300万部のミリオンセラーとなり、一大教養ブームを巻き起こした『全人類の教養大全1』著者のチェ・ソンホ氏は、専門性があることと、教養とはあまり関係がないという。    

>真の教養人とは、ざっくりとした「幅が広くて浅い知識」を使いこなす力がある人。    

>そして、これは学校ではなかなか教えてくれないのである。    

>人と人が会話するときの最低限の共通項   

>現代哲学の権威、ウィトゲンシュタインは自身の本『哲学探究』で次のように語っている。    

>「もしライオンがしゃべることができたとしても、私たちは彼らが話していることを理解できないだろう」    

>なぜかっていうと、生活様式がちがうからだ。    

>与えられた環境と個人の経験がちがえば、僕たちは同じ言葉を話していたとしても、お互いを理解できない。    

>現代社会のコンクリートジャングルでも、僕たちはライオンに出会う。    

>仕事を振ってくるライオンもいれば、地下鉄に座ってスマホに夢中になっているライオンもいるし、久しぶりの再会なのに自慢話をまくし立てるライオンもいる。    

>会話や意思疎通に必要なのは言語ではない。    

>共通項だ。    

>そして人類の共通項は、僕がまだよく知らないだけですでにそこにある。    

>いまここにいる僕と皆さんだけでなく、過去や未来の人びとまでもいっしょに、すべての人が持っている共通項。    

>僕たちはそれを「教養」「人文学」と呼ぶ。    

>日本人が誤解している「教養」の意味    

>教養とは、クラシック音楽を聴きながら優雅に紅茶を飲むような、そんなものじゃない。    

>教養と人文学とはつまり、「幅広くて浅い知識」だ。    

>個人個人が持っている専門的な知識は生計を立てるためには必要不可欠だけれど、人と会話するときにはあまり役に立たない。    

>教養と人文学という人間の英知が、僕たちを奥深い大人のコミュニケーションゲームに招待してくれる。    

>教養とは「幅が広くて浅い知識」のことだ。    

>このような知識はコミュニケーションの基礎で、人と人が会話するときの最低限の共通項になる。    

>では逆に「幅が狭くて深い知識」は、どうだろう。    

>専門的で、個別的な知識だ。    

>このような知識は僕たちに専門性を与えて、ものごとをスムーズに、そして効率的に進めてくれる。    

>ほとんどの人はすでに狭くて深い知識を持っている。    

>これは学歴や教育水準が関連している場合もあるけれど、そうでない場合もある。    

>広報として働いている会社員は、会社の広報活動と最近の市場の雰囲気を誰よりもよく知っている。    

>IT業界で働く人はIT産業の現況と次世代の通信網に対する展望を持っている。    

>大学教授は自身の研究分野を深く理解している。    

>スイカを販売する人は現在のスイカの相場と、よく熟したスイカの見分け方をいちばんよく知っている。    

>豊かさと利便性だけでは生きていけない    

>こんなふうに「幅が狭くて深い知識」とは、人が成長する過程で周囲の環境から習得する、その人固有のユニークな知識だ。    

 

そうですね。名人の技ですね。   

 

>専門知識がそれぞれの分野で最大限に発揮されるとき、社会は構成員全体に豊かさと利便性をもたらす。    

>けれど、豊かさと利便性だけでは生きていけない。    

 

そうですね。なんだかたんねえものがある。      

 

>人間は人生の意味と価値を理解するために人と出会って、会話をし、関係を築く必要がある。    

>そして会話がなされるためには、お互いに基本的な共通項を持っている必要がある。    

>そこで必要なのが教養だ。    

 

そうですね。それはそれぞれの個人の哲学ですね。   

昔は西洋の人々は神の意志に従って生きた。今は神は死んだ(Gott ist tot)ので、個人が自ら価値を創造し主体的に生きることに重要性がある。

各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.  これは日本人も同じである。   

         

>教養とは人文学的な背景のことで、具体的には、歴史、経済、政治、社会、倫理などへの基本的な理解を意味する。    

>ドライブを楽しむためには最低でも運転免許が必要で、ギターを弾くには3つか4つのコードは知っておく必要があるように、大人のコミュニケーションゲームに参加するためには、基本的な資格が必要だ。    

>その資格とは「最低限の知識」。    

>それって、何だろう?     

>答えから言ってしまえば、それは自分が暮らしている「世界」に対する理解だ。    

 

そうですね。それは自分自身の見解を明らかにすることですね。   

 

>世界を理解してはじめて、そこに暮らしている「自分」を理解することができる。    

>そうやって深まった「自分」への理解は、より深く「世界」を理解するための土台になる。   

 

そうですね。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数25 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/04/26 13:42
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