グテレス事務総長 |
>時事通信 >「女性権利向上の政策を」=皇室典範改正で国連総長 >10時間 > 【ニューヨーク時事】国連のハク事務総長副報道官は17日、日本の皇室典範改正を受け、「全ての国に対し、あらゆる地位や職業において女性の権利向上につながる包摂的な政策を奨励する」とのグテレス事務総長の見解を示した。 >定例会見で記者の質問に答えた。 > 国連女性差別撤廃委員会は2024年、女性皇族による皇位継承を認めていない日本の皇室典範について「男女平等の保証」を求めて改正を勧告。
我が国は男女同権ですね。
>日本政府は「皇位継承の在り方は国の基本に関わる事項だ」と強く抗議していた。
天皇は人間であり、皇位継承の男女同権は避けられませんね。 国の基本が歪んでいては、其の運営はどうにもならない。 我々の政府は ‘我々は何処に行くのか’ の哲学的命題に真摯に答えるべきである。さもなければ、我が国は世界の進歩に遅れる。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。 わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。現実ばかりがあって非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人主義がなく、個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 英米流の高等教育機関において、自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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