6割が餓死 |
>AERA >なぜ「保守」を名乗る人たちは戦争を正当化するのか 戦没者230万人の6割が餓死した現実 山崎雅弘によるストーリー ・6時間・ > 伝統や文化を守り、社会の安定を重んじる立場として語られることが多かった「保守」という言葉。 >だが近年、「保守」を名乗りながら戦前日本の戦争を肯定的に語る言説も少なくない。 >なぜ敗戦へと突き進んだ歴史が、いまなお擁護されるのか。 >山崎雅弘氏は、忘れられつつある歴史の事実に目を向けながら、「戦争を甘く見る空気」が現代にも広がっていると警鐘を鳴らす。 >山崎氏による朝日新書『戦争を甘く見る空気 1930年代と似た道を進む現代日本』から、一部抜粋して紹介する。 >* * * >先の戦争の反省を頑なに拒む「保守」主義者たち >《なぜ過去の戦争を美化礼賛する者が「保守」と呼ばれるのか》 >■現代の日本で「保守」を名乗る者の特徴とは > 本書はここまで、一九三七年から一九四五年までの期間に日本人が直面した先の戦争について、「やるべきではなかった」との認識で、問題点を指摘しました。 > 政府と軍部、財界と官界、新聞・ラジオ・通信社、一般国民までもが「戦争を甘く見る空気」に思考を支配され、他の国を見下して優越感に浸っていた、当時の日本。 > 良くも悪くも欧米の大国に学んで近代化を成し遂げた日本は、内外に死と災厄を振りまく「戦争という怪物」の恐ろしさを理解せず、絶大な「力」に心酔して応援し、やがて怪物の爪や牙で自らも傷つき、国土が焦土と化して破滅的な敗戦を迎えました。 > 当時の大日本帝国政府が掲げた立派な大義名分を無視して、実際に「起きたこと」だけを俯瞰すれば、これが「あの戦争」で日本人がたどった道筋でした。 > 戦後の日本では、このような反省的視点で、日中戦争の勃発から無条件降伏までの八年間の戦争を振り返る歴史認識が主流で、この国がなぜあのような「誤った判断」を下したのかについて、さまざまな視点からの分析が行われてきました。 > 第三章で紹介した、「万世一系の天皇を戴く日本人は世界で最も優れた民族だ」という大日本帝国時代の「国体」思想も、国の針路を誤らせたとして戦後は批判の対象となり、国際社会との協調という謙虚な姿勢で、過去の歴史と向き合うようになりました。 > けれども、日本の一部には、昭和の大日本帝国が行った戦争について、まるで当時の政府首脳部や陸海軍幹部の魂が乗り移ったかのような論法で、正当化する人がいます。
そうですね。人の考えは様々ですからね。
> 中国との戦争は「中国側から仕掛けたもの」で、日本軍の行動は「自衛」だったとか、アメリカやイギリスとの戦争は「自存自衛の戦い」だった、あるいは「アジア諸地域を欧米の植民地支配から解放する正義の戦い」だったなどの、大日本帝国擁護論です。 > こうした主張をする人は、今の日本では「保守派」を名乗り、新聞やテレビの報道でもそれを無批判に踏襲して「自民党内の保守派」などと表現しています。 > 一般に「保守的」という言葉は、急激な社会の変化を嫌い、国や地域で継承される伝統文化を守りながら、穏健で安定した社会を守るという意味で用いられます。 > 新村出編『広辞苑』第七版(岩波書店)で「保守」の意味を引くと、「たもちまもること。正常な状態などを維持すること」「旧来の風習・伝統を重んじ、それを保存しようとすること」と書かれています。 > しかし、現代の日本で「保守」を名乗る人の特徴は、大日本帝国が行った過去の戦争、とりわけ昭和の時代に日本軍が戦った戦争のすべてを肯定し、そこに問題はなかったと擁護し、当時と同じロジック(論理)と価値観で正当化を図る思考形態です。
日本人は罪を知らないですからね。
> 何か変だな、と思われませんか? > なぜなら、大日本帝国の戦争が行き着いた先は、破滅的な敗戦だったからです。 > そんな政治体制を擁護する姿勢を「保守」と呼ぶことに、問題はないのでしょうか?
問題ありですね。
>■政治家の靖国神社参拝という行動がはらむ本当の問題とは > 政治の世界で「保守派」を名乗る人々にほぼ共通するのは、靖国神社という施設に対して特別な感情を抱いていることです。 >東京の九段にある靖国神社に参拝し、その行為を通じて自らの政治的信念を披露することに特別な意味を見出している様子です。
そうですね。
> 現在の内閣総理大臣である高市早苗も、そうした「保守派」の政治家の一人です。 > 高市は、自民党の国会議員として運営してきた自らの公式サイトで、政治的な心情をブログ形式で書きつづっていました。 >二〇二六年二月十八日、高市首相は「多忙のため新しい記事を投稿できない状況が続いているから」という理由で、それらのブログ記事をすべて削除するという不可解な行動をとりましたが、彼女は過去に書いた記事の中で、自らの靖国神社に対する強い思い入れを、何度も書き記していました。 > 例えば、二〇一二年八月十五日に更新されたブログ記事で、こう書いていました。 >「今年は、例年通り、午前中に靖国神社に参拝し、その後、日本武道館で挙行された全国戦没者追悼式典に参列致しました。 > 靖国神社では、国策に殉じ尊い生命を捧げられたご英霊に、尊崇の念をもって感謝の誠を捧げてまいりました。 > いつも本殿前まで歩を進めますと、胸が締め付けられるように苦しくなり、涙が滲んできます。 > 祖国の存続を願い、愛するご家族や故郷への深い思いを残して散華(さんげ)された方々。 >悲しみを堪えて歯を食いしばって戦後の混乱期を生き抜いてこられた多くのご遺族たち。 >『そのご労苦に応えなければ』『美しく強く繁栄を続ける国家を築いていかなければ…』という使命感と焦燥感に、押しつぶされてしまいそうになるのです」 > こうした情緒的(感情的)な説明は、過去の戦争で命を落とした日本軍人への「慰め」になると考えて肯定的に受け止める人が、現代の日本でも少なくないようです。 > でも、本当にそうでしょうか? > 先の戦争で命を落とした日本軍人と軍属(朝鮮や台湾の出身者を含む、正規の軍人ではない准軍人)の数は、約二三〇万人で、そのうち食糧の不足による衰弱で栄養失調や病気になって亡くなった「餓死者」は、全体の約六割に当たる約一四〇万人でした。 > 餓死とは、敵と戦う前に死んでしまうことです。 > 赤道の少し南にあるニューギニア島の東部では、戦没軍人の九割を占める一一万人以上の日本軍人が、敵との戦いではなく、飢餓とそれに起因する病気で死亡しました。 > つまり、靖国神社に祀られている戦没軍人の半分以上は「戦場で敵と勇敢に戦って散った」のでも、「名誉を守るために潔く自決した」のでもなく、日本の戦争指導部の不手際によって食糧を与えられないまま戦場に放置され、無理な行軍を命じられた挙げ句、人間の尊厳を奪われた形で人生最後の瞬間を迎えた日本軍人と軍属だったのです。 > 他の国なら、食糧が尽きて戦えなくなった兵士は、敵軍に降伏します。 >日本兵の中にもそうやって生き延びて戦後に帰国した人が少なからず存在します。 > しかし、先に挙げた約一四〇万人の兵士は、降伏しないまま亡くなりました。 > 昭和の大日本帝国時代には、「日本軍人は他国の軍人より優秀なのだから、降伏という不名誉な行動はとらない」という、自国優越思想に基づく価値観が存在したからです。 > その象徴としてしばしば語られるのが、陸軍大臣時代の東條英機が一九四一年一月八日に示達した陸訓第一号、いわゆる「戦陣訓」でした。 >そこには、「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思い、いよいよ奮励してその期待に答えるべし。 >生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」との文言があり、日本陸軍は組織として、食糧が尽きた兵士が降伏することを許さない方針を打ち出しました。 > 戦死を名誉とし、敵軍への降伏を不名誉とする風潮は、この「戦陣訓」以前から日本軍と日本社会の一部に存在しましたが、一九四一年十二月の対米英開戦以降は、陸軍も海軍もこうした考え方を、組織の方針として前線の将兵に理解させました。 > その結果、戦場で食糧が欠乏した兵士の多くが、降伏しないことを選びました。
それは犬死ですね。
> しかし、前線部隊に十分な食糧の補給を送らなかったのも、敵への投降を禁じたのも、開戦時の東條英機首相をはじめとする、日本政府と日本軍の上層部の責任です。 > そして靖国神社には、東條ら当時の戦争指導部の人間たちも、「昭和殉難者」という、あたかも被害者であるかのような呼び方で、「英霊」として祀られています(後述)。 > 餓死させられた約一四〇万人の軍人・軍属と、餓死させた戦争指導者が、後者の責任をうやむやにしたまま共に「英霊」と呼ばれ、高市などの政治家から「感謝」される。 > むごい形で餓死した軍人・軍属の魂が本当に靖国神社におられるとして、彼らが現代の我々に望んでいるのは、そんな「感謝」の言葉なのでしょうか?
過ちを二度と繰り返さないでほしいということでしょうね。
> むしろ、当時の戦争指導部の無責任さと非人道性を反省し、政府として二度と同じような犠牲者を出しませんと誓う「反省と謝罪」ではないのでしょうか?
そうですね。誓いの言葉などには意味がないですね。
(山崎雅弘『戦争を甘く見る空気 1930年代と似た道を進む現代日本』から一部抜粋)
日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任者であっても責任感が薄い。とかくこの世は無責任。 意思のない人間には被害者意識はあっても、加害者意識がない。罪の意識がない。胸に刺さる強烈な痛みがない。病める心の持ち主にならない。聖職者に救済を求めない。 日本人には心の痛みに拘る執念がない。原因究明の探求心がない。修道院生活に興味がない。
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