2026年03月03日(火) 

 

>現代ビジネス   >なぜ日本は「停滞」から抜け出せないのか…その「根本的な原因」   >小熊英二 (社会学者) によるストーリー・   >1年・   

>なぜ日本は停滞からなかなか抜け出せないのか?     

>その背景には、日本社会を支配する「暗黙のルール」があったーー。    

>社会学者・小熊英二さんが、硬直化した日本社会の原因を鋭く分析します。    

>※本記事は小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書、2019年)から抜粋・編集したものです。    

>恐るべき「同質集団」    

>2018年6月21日の『日本経済新聞』に、こんな記事が載った。    

>タイトルは「経団連、この恐るべき同質集団」。    

>その内容は、経団連の正副会長19人の構成を調べたものだ。    

>全員が日本人の男性で、最も若い人が62歳。    

>起業や転職の経験者がゼロ。   

>つまり、「年功序列や終身雇用、生え抜き主義といった日本の大企業システムの中にどっぷりとつかり、そこで成功してきた人たち」だとこの記事は報じている。   

 

そうでしょうね。日本人は序列社会の序列人間ですからね。   

 

>この記事は、19人のうち「会長以下12人が東大卒。    

>次いで一橋大が3人、京大、横浜国大、慶応大、早稲田大が各1人だった」とも述べている。   

>京大をのぞいて、すべてが首都圏の大学卒業生ばかりであることも、この記事は問題だと指摘している。   

 

それは日本人の馴れ合い社会ですね。   

 

>ただし、卒業した大学名は詳細に記されているが、学部や専攻については何も述べていない。    

>学校名は問題だが、何を学んだかは問題ではないのだ。   

 

そうでしょうね。身分制度ですからね。個性を表すのは良くない。個性のないところが序列的なのでしょう。      

 

>なぜこうなるのか。    

>そこには、どういう原理が働いているのか。    

>そうした「日本社会のしくみ」は、いつの時代に、どうやって形成されたのか。    

>それは、他の国のしくみとは、どこがどう違うのか。   

>この本では、そうした問題を探究する。    

>日本社会の構成原理    

>ここで、先の日経新聞の記事を手はじめに、日本社会を構成する原理を考えてみよう。    

>(1)まず、学歴が重要な指標となっている。    

>ただし重要なのは学校名であり、何を学んだかではない。    

>(2)つぎに、年齢や勤続年数が、重要な指標となっている。    

>ただしそれは、1つの企業での勤続年数であって、他の企業での職業経験は評価されない。    

>(3)その結果、都市と地方という対立が生じる。    

>何を学んだかが重要なら、必ずしも首都圏の有名大学である必要はない。    

>(4)そして、女性と外国人が不利になる。    

>女性は結婚と出産で、勤続年数を中断されがちだ。    

>また他国企業での職業経験が評価されないなら、外国人は入りにくい。    

>このうち3と4、つまり「地方」「女性」「外国人」の問題は、1と2の結果として生じた問題と考えることができる。   

 

そうですね。   

 

>さらに非正規雇用や自営業との格差も、1と2の結果として生じたものだといえるだろう。    

>つまり、(1)何を学んだかが重要でない学歴重視、(2)1つの組織での勤続年数の重視、という2つが、「日本社会のしくみ」を構成する原理の重要な要素と考えられる。   

 

そうですね。それは立派な序列社会ですね。学歴は身分のたんなる言い換えに過ぎないですね。日本人が学歴に狂奔するのは御一新により身分が変えられる制度になったからです。         

 

>またこうした「日本社会のしくみ」は、現代では、大きな閉塞感を生んでいる。   

 

そうですね。日本人が学問に興味を持つようになったわけではないからです。   

 

>女性や外国人に対する閉鎖性、「地方」や非正規雇用との格差などばかりではない。   

>転職のしにくさ、高度人材獲得の困難、長時間労働のわりに生産性が低いこと、ワークライフバランスの悪さなど、多くの問題が指摘されている。   

 

そうですね。   

 

>しかし、それに対する改革がなんども叫ばれているのに、なかなか変わっていかない。   

 

改革が元を正さず末に走るからでしょうね。   

 

>それはなぜなのか。    

>そもそもこういう「社会のしくみ」は、どんな経緯でできあがってきたのか。    

>この問題を探究することは、日本経済がピークだった時代から約30年が過ぎたいま、あらためて重要なことだろう。    

(略)

 

日本語の文法には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが日本社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会 (身分制度) の言い換えに過ぎない。明治を境にして一生変えられない身分制度が変えられる身分制度になったのである。だから、日本人は没個性の受験勉強に狂奔する。わが国の学歴社会は学問の発展には何ら寄与していない。人間としての順位の比較は没個性的でなくてはならない。個性を勘案したら序列判定に不公平が生じる。受験戦争は他人の受け売りを使った戦になっている。だから、我が国の序列競争の激しさは個性の育成の足かせになり、自己実現の妨げになっている。    

 

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅苦しい日常生活を送っている。ため口を禁じられているので、相手と対等な立場でものをいう事ができない。日本人は人間が真に平等であるという実感を体験することができない。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。   

 

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬と序列作法には浅薄さが付きまとう。   

 

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは日本語文法に時制 (tense) というものがあいために非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分名前を差し挟むことにより自分たちの存在をウチソト意識として確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる個人的な義務) を果たすことに懸命になる。そして、かたい契りの義兄弟になる者もいる。無哲学と序列メンタリティの相乗作用により派閥政治は無くならない。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の序列内順位は上昇する可能性がある。個性に焦点を絞ることのない人間の比較は叙勲となって国体 (序列国家) に関する国民の意識を高めている。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数25 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/03/03 00:50
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