2026年05月04日(月) 

 

>産経新聞   >「間違いが流布」辺野古転覆、抗議団体代表が事件後に平和ガイド育成講座で講演   5時間・   

>沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、平和学習中の同志社国際高(京都府)2年の武石知華(ともか)さんら2人が死亡した事故で、2隻を運航する「ヘリ基地反対協議会」の浦島悦子共同代表が事故後、平和ガイドや語り部を育成する講座の中で、「荒れた海に出たというのは間違い。    

>それがすごく流布されている」と発言していたことが4日、関係者への取材で分かった。    

>産経新聞は音声データを入手。    

>浦島氏は「悪意に基づく虚偽情報が本当に山ほど流されている」とも語っていた。    

>関係者によると、浦島氏は事故から約1カ月後の4月18日、沖縄県の日刊紙「琉球新報社」などが企画・運営する講座「沖縄戦の記憶継承プロジェクト 戦争をしない/させないために」で、参加者を前に講演した。    

>浦島氏は講座の勉強会で「私たちは学校やご遺族に謝罪の申し入れをしているが、実現していない中でいろいろなことに追われている」と述べ、「皆さんから励ましをたくさんいただいている。    

>それを励みにこの苦境を乗り越えていきたい」と語った。    

>3月16日の事故当日については「実は修学旅行の生徒たちが海に出るというのは知らなかった」と振り返り、「海上チームにお任せしていた」と釈明した。    

 

「ヘリ基地反対協議会」は海上チームに丸投げしていたのですね。    

 

>事故当日、現場海域には波浪注意報が発表されており、「明らかに白波が立ち、危ない状態」(捜査関係者)だった。    

>事故で抗議船「平和丸」に乗っていた武石さんと「不屈」の船長が死亡し、生徒12人と乗組員2人の計14人が負傷した。    

>浦島氏は勉強会で「波浪注意報が出ているから出航してはいけないということはない」との認識を示し、「冬場はずっと毎日出ている。    

>2、3カ月の中で出ない日が1日か2日」と指摘した。    

>沖縄気象台によると、今年2月に波浪注意報(警報含む)が出ていた期間は28日中15日間、3月は31日中20日間で、浦島氏の説明とは異なる。   

>浦島氏は「(事故)当日はとても穏やかだったという『うみんちゅ』(沖縄方言で海の人)の証言もある。    

 

船2隻の転覆事故はあり得ない内容ということですかね。   

 

>荒れた海に出たというのは間違いだが、それがすごく流布されている」と懸念した。    

>また、産経新聞や「右派的な週刊誌」が「ちょっとしたことに尾ひれはひれをつけて、違う方向に持っていって報道している」と批判。    

>勉強会の参加者に対し、「そういう報道に接したときには、うのみにするのではなく、考えてほしい」とも呼びかけた。    

>浦島氏の発言について、ヘリ基地反対協議会の幹部は「まったく分からない話なので取材に応じられない」とした。    

 

犠牲者・被害者は沢山出ても責任者は現れない仕組みになっているのですかね。   

 

>浦島氏の携帯電話にも複数回かけたが、電話に出なかった。    

>講座は「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」と琉球新報社で構成する実行委員会が企画・運営。    

>同社は産経新聞の取材に「受講費を納めた受講生らが参加する閉じた勉強会であり、その中での内容についてはお答えは差し控える」とした。    

 

勉強会では難しい勉強をしているのかもしれませんね。   

 

>(大竹直樹 小川恵理子)    

 

A級戦犯合祀問題の様なもので、犠牲者だらけの国内に、責任者が見当たらない。これは日本語によるマジックか。兎角この世は無責任。我々は考え方を改めなければならない。   

日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。その結果、この世の中に犠牲者・被害者は満ち溢れても、その責任者は見当たらない。意思のある所に方法がある。Where there’s a will, there’s a way. 

我が国の序列社会の順位は自己利益の配分のための順位で、恣意の優先順位でもある。トップは存在するが、責任観念はない。それで、兎角この世は無責任となっている。      

意思のない人間には責任がない。責任のない人間には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]  

 

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。

わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。   

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数7 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/05/04 22:53
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