中間淳太氏 |
>女性自身 >「平和訴えるのに命奪った」人気アイドル辺野古事故の運航団体に苦言 … メディアの報じ方についても「報道量に偏りがある」と疑問 >女性自身によるストーリー・ >4時間・ >3月16日に沖縄・名護市辺野古沖で小型船2隻が転覆し、修学旅行の平和学習で乗船していた同志社国際高校2年生の武石知華さん(17)と船長の金井創さん(71)の2名が亡くなった事故。 >船の運航元である米軍普天間飛行場の辺野古移設の反対運動などを展開する市民団体「ヘリ基地反対協議会」はもちろん、安全管理を怠ったとして学校法人も厳しく責任が追及されている。
学生を預かる同支社国際高校の責任は重大ですね。
>文部科学省は4月24日に学校法人側に職員を派遣し、旅行の詳細や安全管理体制などについて聞き取り調査を実施。 >松本洋平文科相(52)は同月28日の会見で、「学校法人においては、事前・事後にかかわらず、研修旅行の内容を把握していなかった」と明かしていた。
学校長の無責任は明らかですね。
A級戦犯合祀問題などでも犠牲者だらけの国内に、責任者が見当たらない。これは日本語によるマジックか。 日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。その結果、この世の中に犠牲者・被害者は満ち溢れ、その責任者は見当たらない。 序列社会にトップは存在するが、責任観念がまるでない。自己利益の配分のための序列なっている。 意思のない人間には責任がない。責任のない人間には信頼がない。信無くば立たず。(政治というものは 民 (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵] 兎角この世は無責任。我々は考え方を改めなければならない。
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。
>発生から1カ月半が経っても、未だ解決していない問題も多い転覆事故。 >5月2日放送の関西ローカル情報番組『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(ABCテレビ)では、約30分にわたって詳しく事故を特集した。 >そのなかで、レギュラー出演者である人気アイドルグループ「WEST.」の中間淳太(38)がメディアの報道の在り方に呈した“疑問”が注目を集めている。 >コーナー冒頭では、中間から寄せられた“ニュースの質問”として次の文章が読み上げられた。 >「京都・南丹市の事件に比べて辺野古事故の報道はあまり話を聞かないなと感じます。 >報道量に偏りがあるのは世間の注目度などが関係しているのでしょうか。 >教えてください」 >この質問についてMCの東野幸治(58)から意見を求められた中間は、率直な疑問としてこう投げかけていた。 >「すごい痛ましい事故なのに、肌感覚ではそんなに報道で見なかったなって感じなんですよ。 >とくに同志社の責任追及については見たんですけど、ヘリ基地反対協議会についての責任追及とか言ってる番組はそんなになかった気がして。 >なんなら(団体の)名前を言わず、『運航団体』としか言わないところもあるし。
取材がしっかりしていないのですね。
>本当に報道の在り方ってどうなんだろうって」 >同コーナーでは、元朝日新聞記者でフリージャーナリストの今野忍氏が解説者としてスタジオに登場。 >パネルを用いて事故を時系列で振り返り、学校法人やツアー会社、ヘリ基地反対協議会による安全管理の実態について深く掘り下げられた。 >中間の疑問が再びクローズアップされたのは、コーナー後半だった。 >番組ではSNSやネットで報道量が少ないことを疑問視する声が上がっているとし、BPO(放送倫理・番組向上機構)にも「放送局全体で報道回数が少ないのでは」などと苦情が寄せられていたことがパネルで紹介された。 >また同じパネルでは、「文春オンライン」が4月28日に配信した「『メディアは沈黙』は本当か…辺野古転覆事故を1か月追って分かった、沖縄2紙と産経新聞の決定的な違い」と題する記事も紹介。 >1カ月間の紙面を確認したという記事内容について、沖縄2紙は「連日大きく報道」「検証企画は事故直後から早々に始まっていた」とし、全国紙は「知床の事故当時と比べても社説などの本数もあまり変わらない」と紹介された。 >なお、記事内では産経新聞について、《沖縄の地元紙に劣らぬ勢いで連日報じている》とも指摘されている。 >こうした世間の疑問に対して、今野氏は「原因究明と再発防止のために調査報道がもっと必要」と主張。 >国際ジャーナリストの山田敏弘氏(51)は、ヘリ基地反対協議会が長くデモを行っている団体であることから「(メディアは)躊躇している。 >トピックスとしてセンシティブな部分というのは感じてらっしゃるんで、あまり積極的にいかないという人たちがメディアのなかにいることはあるんじゃないか」と分析していた。
センシティブな部分というのは何ですかね。
>また、経済学者の髙橋洋一氏(70)は「(事故を取り上げた記事の)数だけしらべれば、沖縄2紙は多いですよ」とし、「全国紙は産経新聞だけすごく多くてね、他の(媒体は)ちょっとだけしかないっていう、数だけはすぐ分かりますね」とコメント。 >その上で「1番の当事者は運航会社なんですよ。 >そこの責任をはっきりしないと、学校というのは2次的な話だから出てこないんですよ。
学校の行事中の事故ですから、学校に責任がありますね。
>先に学校の話をしちゃうと、ぼやけちゃうんで」と、報道における問題点を指摘していた。
自分の学校の生徒の事故ですから、学校は原因究明に熱心なはずですね。
>専門家の見解に耳を傾けていた東野が「(新聞ではなく)テレビのニュース番組とかワイドショーで取り上げが少ないんじゃないか」とまとめると、中間は「そうですね」と頷いていた。 >その後、髙橋氏が「テレビに出にくいっていうのは、テレビに出ているコメンテーターの人が抗議船に乗ってるからですよ。 >話しにくいからだと思いますね」「報道はどこがどうか、はっきりわからないから。 >答えはないから」とコメント。 >東野が「テレビで見てる人がSNSを利用して声を上げることによって、少しかもわからないけど……」と述べると、中間は先ほどの山田氏の考えに異論を呈するようにキッパリとこう主張したのだった。 >「山田先生がさっき仰っていたセンシティブなとか、わかるんですよ。 >ただ、思想は思想で、誰も否定しないというか。 >ひとりずつ全員違うと思うんですよ。 >それとこれとは別じゃないですか。 >平和を訴える団体なのに命を奪ったわけですから。 >そこはしっかりとセンシティブとか関係なく、僕はやるべきだと思いますけどね。 >どっかに配慮するとかじゃなくて。 >思想は思想で、それは別なので。 >そこは、放送局はちゃんと今後、考えた方がいい気はするんですけどね」 >中間の発言はXでも話題になり、共演した今野氏は《頭の切れる方なんですね》と感心していた。 >出演者として内側から問題提起したかたちの中間だが、自らの主張はテレビの報道姿勢に反映されるだろうか。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。 わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 英米流の高等教育機関において自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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