2026年05月02日(土) 

 

>ニューズウィーク日本版   >江戸のキリシタン屋敷で新井白石とイタリア人宣教師が世界を語り合っていた … 『西洋紀聞』をイタリア語に翻訳して見えてきたことは?       >カパッソ・カロリーナ (歴史学者) によるストーリー・   3日・   

><「知識人の国」日本で出会った、儒学者との驚きの対話集について>

>「鎖国の時代」として知られる江戸時代の日本に、一人のイタリア人宣教師が現れた──この事実は、私たちが抱きがちな「閉ざされた日本」というイメージを静かに揺さぶる。    

>学校教育では、江戸時代は外国との交流が限られた時代として説明されることが多い。    

>確かに対外関係は厳しく制限されていたが、それでもなお、日本が完全に世界から切り離されていたわけではなかった。    

>18世紀初頭、その「鎖国」の只中に、ヨーロッパから一人の宣教師がたどり着いている。    

>その人物がジョヴァンニ・バッティスタ・シドティ(Giovanni Battista Sidoti)である。    

>彼は1708年、屋久島に漂着し、捕えられた後に長崎へ送られ、さらに江戸へと移送された。    

>キリスト教が厳しく禁じられていた時代であり、宣教師の入国は重大な犯罪と見なされていた。    

>それにもかかわらず、彼はヨーロッパから日本へ向かう危険な航海を選んだのである。    

>シドティはイタリア半島のシチリア島出身のカトリック司祭で、ローマで教育を受けた宣教師だった。    

>当時のヨーロッパでは、日本はすでに宣教が極めて困難な国と考えられていた。    

>17世紀の禁教政策によって多くの宣教師が追放され、日本は事実上、カトリック宣教の地図から消えたかのように見えていたからである。    

>それでも彼は日本へ行くことを望んだ。    

>そこには、16世紀以来ヨーロッパに広く伝えられていた「知識人の国、日本」というイメージがあった。    

>高度な文化を持つ国であれば、いつか再びキリスト教を理解する日が来るかもしれない―そのような希望が宣教師たちの間には残っていたのである。    

>江戸で彼を尋問したのが、新井白石であった。    

>白石は徳川幕府に仕える儒学者であり、同時に政治家でもあった人物である。    

>彼は単に禁教政策を実行する役人としてシドティと向き合ったわけではない。    

>むしろ、世界に関する知識を得ようとする強い知的関心を持っていた。    

>白石は中国古典だけでなく、海外の事情にも関心を持ち、当時限られた形で入ってきていた西洋の知識にも注意を払っていたとされる。    

>シドティとの対話は、そのような知的関心を満たす貴重な機会でもあったのである。    

>白石はシドティに対し、ヨーロッパの地理、歴史、政治制度、宗教、さらには世界の構造に至るまで、多くの質問を投げかけた。    

>その対話の内容をもとに書かれた書物が『西洋紀聞』である。    

>この書物には、当時の日本人にとって未知であった西洋世界の情報が数多く記されている。    

>ヨーロッパの国々の位置関係、ローマ教皇の存在、キリスト教の教義、さらに世界史や各国の政治体制など、内容はきわめて幅広い。    

>今日の私たちにとっては基本的な知識に見えることでも、当時の日本では新しい情報であった。    

>とりわけ興味深いのは、白石がそれらの情報をどのように理解しようとしたかである。    

>彼はシドティの話をそのまま記録するのではなく、儒学者としての視点から整理し、分析しながら書き留めている。    

>つまり『西洋紀聞』は単なる聞き書きではなく、日本人が西洋世界を知的に理解しようとした試みの成果でもあった。    

>読んでみると、この書物には思わず驚かされる場面がいくつもある。    

>例えば、シドティが太陽の位置と影の長さから時刻を計算して言い当てたという逸話や、世界地図を使って江戸の位置を特定したという話は、当時の日本人に強い印象を与えたと伝えられている。    

>こうしたエピソードは、ヨーロッパの知識や科学がどのように受け止められたのかを具体的に示している。    

>また、言語についての議論も興味深い。    

>シドティはラテン語を西洋諸言語の基礎として説明し、アルファベットの合理性について語った。    

 

そうですね。人類の知識の半分は英語の文献の中に収められていますね。その文献はアルファベットにより記されている。   

 

>少数の文字で多くの音を表すことができるアルファベットの仕組みは、漢字文化の中で生きていた当時の日本人にとって、新鮮な発想だったに違いない。    

>このような議論からは、異なる文明の知識体系が出会ったときの知的刺激が伝わってくる。    

 

白石は神様の存在には興味を示さなかったのですかね。   

 

>さらに『西洋紀聞』は、単なる一回の聞き取りをまとめた記録ではないと考えられている。    

>白石はその後も外国に関する情報を集め、内容を整理しながら書物を完成させていったとされる。    

>そこには、限られた情報環境の中でも世界を理解しようとする、当時の知識人の努力がうかがえる。    

>しかしこの書物の意義は、西洋の知識が日本に紹介されたという点だけにあるわけではない。    

>むしろ重要なのは、この書物が異なる文化のあいだに生まれた「対話」の記録であるという点である。    

>白石は異なる宗教や文化を持つ人物と向き合いながら、その考えを理解しようとした。    

>そこには、単なる拒絶でも無条件の受容でもない、冷静で知的な態度が見られる。    

>さらに『西洋紀聞』が興味深いのは、そこに描かれているのが単なる情報の伝達ではなく、「異なる文明が互いを理解しようとする過程」そのものである点である。    

>白石は、西洋の宗教や政治制度について必ずしも肯定的ではなかったが、それでも相手の説明に耳を傾け、体系的に理解しようと努めた。    

>その姿勢は、異文化を前にしたときにしばしば見られる感情的な拒絶とは対照的であり、理性的な対話の可能性を示している。    

 

そうですね。   

 

>私がこの作品をイタリア語に翻訳しようと考えたのも、この対話の歴史をヨーロッパの読者に伝えたいと思ったからである。    

>シドティはイタリア人でありながら、ヨーロッパではほとんど知られていない人物である。    

>一方、日本では新井白石との出会いを通じて歴史に登場する。    

>つまりこの物語は、日本だけの歴史でも、ヨーロッパだけの歴史でもない。    

>遠く離れた二つの世界が、江戸という都市で出会い、互いに相手の世界を理解しようとした出来事なのである。    

>『西洋紀聞』をイタリア語に翻訳することは、日本の知識人が西洋をどのように理解しようとしていたのかをヨーロッパの読者に紹介する試みである。    

>同時にそれは、江戸時代の日本が決して完全に閉ざされた社会ではなく、限られた形ではあっても世界との知的接触を持っていたことを示す作業でもある。    

>300年以上前、江戸のキリシタン屋敷で、日本の儒学者とイタリアの宣教師が世界について語り合っていた。    

>その静かな対話は、今日の私たちにとっても、異なる文化を理解しようとすることの意味を改めて考えさせてくれる。    

>歴史とは、閉ざされた境界の物語ではなく、思いがけない出会いから生まれるものなのかもしれない。    

>カパッソ・カロリーナ(Carolina Capasso)    

>イタリア・ナポリ出身。    

>歴史学者。    

>京都府立大学大学院文学研究科日本史専攻博士課程修了、博士(歴史学)。    

>研究分野は16・17世紀の日欧比較文化史、キリシタン文化史、宗教と外交の関係史。    

>これまでにシドティ事件や『西洋紀聞』に関する研究を多数発表し、2025年には新井白石の『西洋紀聞』を初めてイタリア語に翻訳した著書を刊行した。    

>また、講演や文化機関との協力を通じて、日本とヨーロッパの歴史的交流を広く社会に紹介する活動にも取り組んでいる。    

>大阪・関西万博関連事業や国際シンポジウムなどで講演を行い、近世における東西交流の歴史的意義を発信している。    

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


閲覧数3 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/05/02 22:06
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