大権干犯に当たらず |
>日刊ゲンダイDIGITAL >天皇と戦争の世紀(2) 軍部の「大権干犯に当たらず」の説明いらだち 【本で読み解くNEWSの深層】 >日刊ゲンダイDIGITALによるストーリー >・2日・ >高市政権による皇位継承のねじ曲げ問題と終戦記念日の重なりから、改めて昭和天皇に注目が集まっている。 >「天皇五代と戦争」保阪正康著 >◇ ◇ ◇ >明治天皇から数えて現在の天皇まで5代。 >そこに注目して日本の近現代史をたどるのは本紙連載でもおなじみの作家。 >江戸時代の終わりまで日本では天皇は権威だけの存在で、実際の権力は将軍に握られていた。 >それが変わったのが明治時代。 >権力と権威が一元化したのだ。 >しかし実は明治新政府では旧薩摩・長州の下級武士を中心とする臣下の者たちが政治と軍事の権力を天皇に付与するが、実際は自分たちが主体になって政治と軍事を動かした。
そうですね。大きな誤魔化しをしたのですね。
>要するに近代日本は構造的な矛盾をかかえて出発したのだ。
こうした構造的な矛盾は今も昔も変わらない。
>天皇自身も次第に自覚を強め、伊藤博文が首相になると枢密院の審議に毎回出席し、これは伊藤への強力なサポートとなった。 >5代の天皇の置かれた立場や内面を資料から読み取る著者の目は鋭く明快。 >昭和天皇は、満州事変で陸軍が自らの命令もないまま満州に兵を送り込んだ際、参謀総長の報告に「やむを得ざるも、今後気をつけるように」と叱責した。
責任の所在があいまいですね。参謀総長は責任者ではないのでしょう。
>天皇の大権干犯と目されてよいものを天皇自らが追認し、軍部に妥協してしまったのだ。
それは残念なことですね。
>この後も天皇は何度も軍部の独走に悩まされながら「大権干犯に当たらず」との説明に「またか、また、こういうことなのか」と孤独に苛立っていたという。
日本人には意思がない。意思のない人間には責任もない。責任のない人間には大権もない。孤独に苛立つのも無理はない。
(略)
2026年3月、名護市辺野古沖で研修旅行中だった、同志社国際高校の生徒を乗せた小型船2隻が転覆した事故。高校2年生だった武石知華さん(17)が死亡しました。 特別調査委員会 渡辺徹委員長の報告は以下のようなものです。 「本件事故を生じせしめた原因の根底には、多くの教職員において、生徒の身体生命の安全を確保するために何をなすべきかという観点での大きな『想像力の欠如』があった。およそ非難を免れず、猛省しなければならない」 渡辺徹委員長は孤独に苛立っていたでしょうか。彼は第三者ですからね。それほどでもないでしょうね。 調査報告書について、知華さんの両親のコメントは以下のようなものでした。 「辺野古コースに関わった、多くの学校関係者の当事者意識のなさが際立っているように思いました。何度も止める機会があったのに、その全てが素通りされてきたこと。読み返すたびに本当にやりきれない思いが募ります」 そうですね。全てが素通りされました。「大権干犯に当たらず」ということでしょうね。これは昭和天皇と似たような苦しみですね。孤独に苛立つのも無理はないですね。とかくこの世は無責任。
日本人の無責任を打ち切ることが必要ですね。これは非常に大切なことです。 我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英文法にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。世界の指導者になれるでしょう。
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