2021年05月01日(土) 

 

 

>SankeiBiz    >【専欄】本当に理解しているか疑問…肥大化する“中国人のメンツ” > 2021/04/29 06:37

 (略)

> 米アラスカ州で行われた米中外交トップ会談は、世界中の人々を驚かせた。>「外交儀礼」という厚いベールは取り払われ、本音がぶつかり合う非難の応酬である。> 両国とも、カメラの前で自国民に向けてのアピールだったのだろうが、特に気になったのが「国としてのメンツ」を潰されたと考える中国庶民の反応である。> 中国に対峙(たいじ)する際、企業も個人も極力避けているのが「メンツを潰す」ことである。>中国人とメンツの問題は、これまで幾度となく言及され、世界中の人々が承知している特性だが、彼らのメンツの度合いを本当に理解しているかというと、それは疑問である。> 中国語に「人有臉,樹有皮(人は顔が大事、樹木は皮が必要)」という言葉があり、ともに生存に欠かせないという意味だ。>「吊死鬼擦粉,死要面子」というのもある。>「死んだ後も顔は大切」ということか。>何千年にもわたり、中国人のDNAに塗り込まれているかのような「メンツを重んじる」という考え方だが、21世紀の現在でも変わりはない。

 

そうですね。   

 

> 彼らのメンツは実にやっかいだ。 >仕事の場では、メンツを重んじるため支障が出ることもある。   >できないことを「できない」と言いたがらず、仕事が滞り、さらにもっと大きなメンツを失うことになっても上司の前で「できない」とは言いたくない。  

 

そうですね。彼らは何事をも心得ているような顔をしていますね。   

 

> こうした風潮は近年、中国社会でも問題にされはじめ、メンツにこだわりすぎるのはやめようという議論も起きている。 

 

メンツにこだわる人には教育ができませんね。   

 

>「仕事とメンツ、どちらが大事か改めて考えよう」「メンツのために意味のない競い合いはやめよう」「上司の前で実力以上のアピールはやめたほうがいい」「メンツを気にして、仕事上の失敗を隠してはいけない」…など、われわれにとっては当たり前のことが、改めて言及されているくらいだ。   

 

無知の知ということがありますね。  '私は、私が何も知らないということを知っている'。 ソクラテス  'I know that I know nothing'.  人は謙虚でなくては学習できない。   

 

> メンツを重要視しすぎて、個人の幸せを逃すこともある。

 

そうですね。個人主義がなおざりにされることになりますね。中国語には時制がないから個人の意思もない。だから、恣意ばかりが発達する。頑として相手の言うことを受け入れない。          

 

>代表例が結婚や職業選択だ。>条件結婚が主流なので、恋愛よりメンツ重視だし、本来やりたい仕事も、メンツのために諦めるというケースも多い。   

 

メンツは恣意 (私意・我儘・身勝手) でしょうね。メンツにはリーズン (理性・理由・適当) がない。’何が何でも’ ということでしょうね。   

こんな笑い話があります。中国人は赤ワインが好きである。その理由は遠くから見ても確かにワインを飲んでいるということがわかるからだそうです。      

 

> 「動物が好きだからペットショップの店員になりたかったが、親のメンツのために公務員になった」「山が好きだ。山林の管理人になって、毎日山の中を歩き回りたいが、メンツのために学校の先生を選んだ」-。  

 

中国人の個人主義がメンツ (恣意) により抑え込まれていますね。   

 

>公務員や学校の先生というのは、親が自慢できる「子供の職業」なのだそうだ。

 

そうですね。先生 (老師) は、伝統的に自分より偉い人のことですね。   

 

> 冒頭の米中首脳会談で、中国側のトップ、楊潔●(よう・けつち)氏の言う「米国は中国に偉そうに上から物を言う資格はない」という表現から、「大国・中国」のプライドが見て取れる。 >(ノンフィクション作家・青樹明子)  

 

それは中華思想の表われですね。伝統的な中国人の自己中心主義ですね。彼らには世界観がありません。        

 

> 肥大化する中国人のメンツを再考し、どう向き合うかも、われわれの大きな課題である。

 

そうですね。日本人と中国人ではメンタリティ (考え方) が違いますね。

「中国人1人では龍であるが、3人集まると虫になる。日本人1人では虫であるが、3人集まると龍になる」 (中国の諺)

その意味は、 三人の中国人は足の引っ張り合いに熱中するが、三人の日本人は序列協力に熱中するということ。

 

‘一盤散沙’ の意味。一盤散沙とは、人々の心がばらばらでまとまりが ないこと。 ‘一盤’ は一枚の皿のことで、国のたとえ。 ‘散沙’ は散らばって いる砂のことで、中国の人々の心のたとえ。  

 

日本人は義理を果たす。義理とは、人間の序列関係から生じる義務の事である。義理を果たす行為が日本人の生き甲斐になっている。ただ金の為に働くのでは生き甲斐がない。これが天皇制の原理でしょうね。だから、義理が廃ればこの世は闇だと考えている。  

 

>●=簾の广を厂に、兼を虎に   

 

 

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閲覧数52 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/05/01 15:23
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