2025年03月20日(木) 

 

>朝日新聞Thinkキャンパス   >「日本人は宗教のように周りの空気に従う『空気教』」漫画家のヤマザキマリさんが語る失敗のススメ   >朝日新聞Thinkキャンパスの意見・   >21時間・   

(略)  

>美術館は「精神のガソリンスタンド」   

>――ヤマザキさんの子ども時代を描いたエッセー『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)を読むと、お母様は音楽家として働きながら、世の中の常識にとらわれない子育てをしてきたのですね。   

>私の母は破天荒そのものと言える人でした。   

>「今日はオーケストラで素晴らしい楽曲をやるから、学校は休んでこちらに来なさい」と平気で学校を休ませる (笑)。   

>子どものほうが「この親、大丈夫だろうか」と心配になっていたほどです。   

>でも、母が学校での教育が子どもを育てるうえで必要なすべてを与えてくれるとは思っていなかったことは、本当によかったです。   

>だから私も、息子の選択肢を狭めることをしないで済みました。   

――お母様の勧めで、ヤマザキさんは14歳でヨーロッパを1カ月間、一人旅していますね。   

>中学2年のとき、進路指導の先生に、「将来は絵が得意なので画家になりたいです」と言ったら「飢え死にしたいのか」とあきれられました。   

>母にそれを伝えた直後、自分が行くはずだったヨーロッパに代わりに行ってこい、とほぼ押しつけられる形で旅に出されました。   

>「旅の最後にはルーブル美術館へ行ってきなさい」という条件付きで。   

>――14歳のヤマザキさんは、ルーブル美術館で何を感じましたか。   

>「絵が人間社会にとって役に立たないものだったら、こんなに立派な美術館も存在するわけがない、そしてこれだけの人々が過去の絵を見に来ることもない」と改めて実感しました。   

>芸術は精神面での栄養を供給してくれる、人々にとってのガソリンスタンドみたいなものなのだ、と。   

>お金に換えられることだけが人間の社会に必要なことではない、ということも痛感しました。   

>表現者というのはメンタリティー面での第1次産業みたいなものであり、音楽家をしていた母にはそれがわかっていた。   

>そのうえでの決断だったのでしょう。   

>失敗のない人間が陥るワナ   

>――そして17歳でイタリアに留学しました。   

>日本では「大学を出るまでは親の責任」と考える人が多いと思いますが、お母様はヤマザキさんの決断に任せたのですね。   

>14歳の旅で、私を家出少女だと思い込んで声をかけてきたおせっかいなイタリア人の陶芸家と、メル友になった母の策略で、突然イタリアへ行かされることになりました。   

>なんでと思いましたが、無理だと思ったらいつでも帰ってきてやり直せばいいのよ、というのが母の言い分でした。   

>「こういう波がきたからには、乗ってみなさいってことよ。   

>失敗を怖がっていたら後悔するわよ」と。   

>グイグイ押されてあらがう余地もなく、こちらも「もうなるようにしかならん。   

>どれ行ってくるか」と。   

>もともと予定調和なんてない家庭環境でしたから、驚きもしませんでした。   

>母は戦争によって、それまでの安定した生活を根こそぎ覆された経験をした人でしたから、表層的な法則性みたいなものを全く信じていなかった。   

>それが彼女の教育にも影響していたように思います。   

>とにかく「失敗や挫折をしないと身につかない力とインテリジェンスがある」というのが母の姿勢でした。   

 

そうですね。’失敗は成功の母’ ですからね。   

 

>思い通りにいかなかった失望、屈辱、そういったつらい感情の海を潜りつつも、再び前向きな自分を取り戻すことこそ、人生に絶対不可欠なことだと。   

>まさに戦争を経てきた人間のものの見方と言えると思います。   

>――失敗させることも大切、ということですか。   

>この世の生き物で、合理的に失敗を避けて生きていこうとしているのは人間だけです。   

>他の動物は失敗を何度も繰り返して、危機と接し、生存するための方法を学びます。   

>なので、失敗や挫折を人生に必要のない負のファクターだと捉えるのは、とても危ういことだと思います。   

>水たまりを避けて歩く方法ばかり学ぶと、うっかり水たまりにはまってぬれたり汚れたりしたとき、どうするべきか判断ができなくなる。   

>そりゃ頑張って勉強した結果として良い大学に入る満足感もかけがえのない資産となるでしょう。   

>でもそれだけで満足していてはいけないのです。   

>そのおごりに浮かれていると、人間として身につけるべき他の感情や経験を怠って、不完全な成長を遂げてしまう。   

>世間が決めた法則を上手にクリアし、水たまりを避けて歩ける自負にぶら下がって年をとった大人たちが一体どうなるか、今の社会を見渡せばよくわかるはずです。   

>日本は「空気教」   

>――日本では、就職は新卒一括採用が中心ですから、どうしても企業は大学の名前を重視しがちと思われています。   

 

日本は序列社会ですからね。序列の判断万能ですね。だから、個人判断は必要ありません。個人主義は育ちません。芸術家は個人判断の人ですから困りますね。               

 

>それは企業の手抜きだと思います。   

>採用するときに、自分で相手の人間性をじっくり見極めるよりも「〇〇大学を出たから優秀だろう」と学歴に判断してもらうほうが楽ですからね。   

>18年の人生でさまざまな不条理や理不尽と向き合ってきた人物よりも、高等教育を受けてきた大学の保証書がついている人のほうが安心なわけですよ。  

 

日本は楽で便利な社会ですね。   

 

>人の価値を3色でしか見極められない人に、100色の彩りを持つ人は理解してもらえませんから。   

>――それに日本では、異質な経験を持つ人は、「出る杭」として打たれてしまいがちです。   

>日本の社会は、島国という条件付きの土地で、遺伝子を繁殖させる良い方法を長い時間をかけて模索してきた結果、調和を優先順位にした構造になったのだと思います。   

>だから調和を乱す可能性を秘めた「出る杭」に対し、他国よりもやたらと神経質なのでしょう。   

>それは日本が長い年月をかけて構築してきた結果なので、仕方がないことだと思うんです。   

>日本人は、お互いに周りの空気を読んで従うのが必須になっていますが、この実体の見えない「空気教」によって調和が保たれているとも言えるので、キリスト教を布教にきた人たちも、戦争の対戦国も皆戸惑ってしまったのでしょう。   

>――「空気教」ですか。確かにその傾向はありますね。   

>イタリアではキリスト教、イランではイスラム教、日本の戒律は「世間」です(笑)。   

>世間様の顔色をうかがいながら生きていくことこそ教育で必要なことであり、個性を伸ばすべき大学ですら調和が求められる。   

>その調和をうまくこなしてきた学生が社会で優遇される。   

>そうした就職の条件から見えてくるのは、日本では大学に入ってどんな特異な人間として巣立つか、ではなく、大学というブランドを保証する存在が求められる、ということです。   

>でも、日本はかつてそうやって高度経済成長を成し遂げてきた国であり、自分たちのそうした体質を維持することで成功を果たした国だとも言えます。   

 

そうですね。   

 

>ただ、出る杭を打ち続けていると、ダ・ヴィンチやスティーブ・ジョブズのような時代や文化のイノベーターが現れることはないでしょう。   

>私はジョブズの生涯を漫画にしましたが、彼は社会的には非常に扱いにくい人間です。   

>繊細で頭がよくても性格がゆがんでいて、人を容赦なく傷つけまくる。   

>ありとあらゆる異端としての要素を持っているのですが、だからこそ誰にも思いつかないような発想ができた。   

>疎外と孤独がエネルギーとなる、それはどんな表現者にとっても同じです。   

>そんな彼が職を求めてゲーム会社を訪ねたとき、目に余るほど態度が悪かったにもかかわらず、社長は彼を雇うことにするわけです。   

>ジョブズに傷つけられ、何でこんなやつを、と思う人はたくさんいたけれど、この人でなければ生み出せないものがあるからと、周りは彼の在り方を受け入れた。   

>その結果、アップルが生まれました。   

>ジョブズという人の特異性もさることながら、彼を調和を乱す危険人物として排除することはせず、受け入れた環境と社会もすごい。   

 

そうですね。’何事も、お変わりのないことはよいことで、、、’ という社会ではありませんね。       

 

>彼らがジョブズを受け入れなかったら、私たちはiPhoneを手にすることはなかったわけです。   

>教育が命綱になるとき    

>――「この子にしかできないこと」を見いだすために、親にできることは何でしょうか。   

>厳しいことを言うようですが、子どもを使って自分の願いを成就させようとしないことです。   

 

そうですね。跡継ぎの育成に熱心にならないことですね。老舗の多い社会では、これは難しい事ですね。      

 

>自分ができなかったことを託される子どもは、それだけで生き方の選択肢を奪われる。   

 

そうですね。未来の無い若者は悲惨ですね。   

 

>憧れている大学があるのなら、何歳であろうと自分がその大学に入って学べばいいじゃないですか。   

>やりたいことがあるのなら、自分がその目的に向かって頑張ればいいじゃないですか。   

>子どもはそんな親を見ていれば、おのずと自分も頑張ろうと思うものです。   

 

そうですね。   

 

>母が私にしてくれた教育は、母自身が音楽家として、音楽を愛し、くじけそうになっても満身創痍で日々頑張る姿を見せてくれたことに尽きます。   

>娘に自分の欲求を託すことなどありませんでした。   

>母は動物が大好きで、北海道の自然を愛し、ささいなことでいちいち感動する人でしたが、それもまた見ていてほほ笑ましかったです(笑)。    

>――親の生き様が子どもにとって見本になるということでしょうか。   

>人間としての生き方がどんなものなのか、頑張って日々を生きている姿を包み隠さずに見せてあげてください。   

>世界は惨憺(さんたん)たる場所で、長い人生、ひどい目に遭うこともあるでしょう。   

>それでも私たちは知性と想像力を使って強く生きていける。   

>そんな人生を幸せだとかありがたいと思うこともできる。   

>そういう感覚を感受しながら生きている姿を見せることこそ、子どもが将来を生きていく勇気になるはずです。   

 

そうですね。    

 

>人と違うかもしれないと思う不安も、夢を諦める挫折も、孤独も、満たされた人生を送るためには欠けてはならないものだということを、親が自ら身近な人間代表として子どもたちに見せてあげてほしいです。   

>そして無駄だと思えるような内容も含む学校での教育も、そのうちどこかで命綱になるかもしれない、ということを知ってもらうのも大事でしょう。    

 

そうですね。   

 

>――「教育が命綱になる」とはどういうことですか。   

>私が『テルマエ・ロマエ』という作品を生み出せたのは、大学で油絵の勉強と美術史や歴史を学んだからです。   

>異国での暮らしで10年以上もろくにお風呂に入れなかった枯渇感、日本への郷愁、古代ローマの知識、それが合致してあのような発想につながりました。   

>まさに習得した学習と経験値のマッチングによってできた漫画です。   

>――進路に悩む高校生に、ぜひアドバイスをお願いします。   

>あなたの人生の保証はあなたにしかできません。   

>こんなに頑張ったのに結果が出ないのはなぜなのだと訴えたところで、その責任は社会も家族も持ってくれません。   

 

‘他力本願・神頼み’ はダメですね。   

 

>だから、自分の人生は最初から、自分のために、自分の判断で築いていくべきなのです。   

>コスパにタイパが楽な選択なのはわかりますが、それだと羽があるのに飛ばない鳥、走らない馬と同じようなことになってしまうでしょう。   

 

それは ‘宝の持ち腐れ’ ですね。   

 

>知性や精神性というのは、人間という生物に与えられた生き延びるための能力です。   

>学歴にとらわれず、時間をかけても、失敗をしても、本当に自分にとってやりがいのある、生きる糧を見つけて、充足感を得られるよい人生を送ってください。   

>ヤマザキマリ/漫画家・文筆家・画家。   

(略)

>(文=神 素子、写真=篠塚ようこ)   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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