2026年07月03日(金) 

 

>mi-mollet   >「決して人気で決めてはいけない」女性天皇・皇室典範の改正議論に思うこと 【小島慶子エッセイ】   >小島慶子によるストーリー・   >46分・   
>時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会情勢について小島慶子さんが取り上げます。    
>減り続ける皇族の数を確保するために、政府・与党は大急ぎで皇室典範を改正するという。    
>さて、あなたは皇室がなくなったら、困るだろうか。    
>天皇制はいらないという人もいる。    
>なくしてはならないという人もいる。    
>男系男子にこだわる天皇制は変えるべきだという人もいる。    
>皇族の人権が制限されているのはおかしいとか、生まれながらに身分差があるのはおかしいとか考える人もいる。    
>人気のある人に天皇になってほしい! と思っている人もいる。    
>あなたはどれに近いだろうか。    
>先日(6月11日)の会見で、皇族数の確保のあり方に関する議論について今上天皇は「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べられた。    
>そうした国民的な土壌を作ることなく、政府・与党の思惑だけで皇室典範を改正するのは、国民も皇室の方々も決して望んでいないことだろう。    
>私は、天皇制について考えるといつも相反する思いに引き裂かれてしまう。    
>皇室にしか果たせない役割があるけれど、そこに生きる方々にも幸せになってほしい。    
>誰かを奉りながら生贄にするようなことはしたくない。     
>皇室の祭祀や行事は、古くから伝わる有形無形の文化を保存し伝える極めて貴重な場だ。    
>また近年では皇室外交の重要性も増している。    
>天皇皇后ご夫妻は海外留学経験も豊富で、国際親善に果たす役割は大きい。    

西洋人の社会は ‘ため口社会’ ですからね。理屈が通る。議論ができる。  [ため口: 相手と対等の立場でものをいうこと] 
日本人の社会は礼儀正しい社会です。日本人の礼儀作法は序列作法になっている。目上の人に対しては ‘ご無理ごもっとも’ という。これでは議論にならない。   

>“祈る人”の存在も大事だ。    
>ことに平成になってからは、天皇皇后(現在の上皇ご夫妻)が国内外で祈る姿が画面を通して広く国民の目に触れるようになった。    
>戦没者の霊を悼み、災害や公害に苦しむ人々の話に耳を傾ける。    
>その姿に親しみを覚えた人は多いはずだ。    
>先日の会見でも今上天皇は「皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすること」だと語られた。    
>多くの人は、日本の文化や祈りの継承を皇室というクラウドにあげて、「あの方々がやってくれている」ことで安心している。    
>そして日頃はすっかり忘れており、神社にお参りした時とか終戦記念日とかにだけクラウドから“まごころ”をおろしてくる。    
>「世界に誇る日本文化を守ろう!」とか、「日本の国土の豊穣と人々の繁栄を!」とかいうなら、せめてふだんは誰かにその営みを丸投げしていることに自覚的でありたいものだ。    
>それを担っている天皇や皇族は、自らの意志で人生を拓く自由が大きく制限されている。    
>失業の心配もないし宮殿で暮らす結構なご身分なのだから、それぐらい我慢しろという人もいるが、私はそうは思わない。    
>もちろん、特権に見合うだけの責任を果たし、人々の幸せのために何ができるのかを常に考え実践するのが現代の皇室に生きる方々の望ましい姿だ。    
>でも同時に、人として幸せに生きたいと望むのも当然だろう。     
>私は中学から大学まで、学習院という学校に通った。    
>もともと皇族のための学校だったが、敗戦後に私立学校となり学力試験に合格すれば誰でも入れるようになった。    
>私が入学した1985年時点で、生徒の大多数は私のように全くロイヤルみのない勤め人や自営業者を親に持つ子たちであった。    
>とはいえ政財界の有力者や旧宮家・旧華族の子どもたちも珍しくはなかったし、当時は皇族方も在学されていた。    
>校内には宮さまを警護する私服の皇宮護衛官たちがおり、学校の創立記念行事には常陸宮妃華子さまが臨席された。    
>そういう環境でロイヤル含有率ゼロの私が何を学んだかというと、肩書や血筋によって卑屈にも尊大にもならず、誰に対しても同じ人間として敬意を持って接することが大切だということだった。    

そうですね。   

>礼儀正しさや品位というのはあまねく人間に対して抱く敬意に根ざすものであって、権威におもねり特権を誇るような態度は無教養で品がないと、非言語で深く学習した。    
>これは結果としてかなり民主的な教育であったと思う。    
>当時の学習院女子部には、学内に身分制の残滓を擁しながらも、学問によって人は平等たり得るということを日々の学びを通じて実感できる自由な空気があった。     
>人気投票ではなく「仕組み」を議論しよう    
>私はいわゆるロイヤルメンバーのご学友だったわけではないし、皇室で生きる方々がどんな暮らしをされているのかも知らない。    
>きっとそれぞれに、大変な苦悩と葛藤を日々経験されているだろうと想像する。    
>誠意をもって公務にあたられている姿には、敬意を抱いている。    
>そのように一人一人の人間として天皇と皇族を捉えると同時に、そうした属人的な要素を一切排して天皇制の存続について考えなければならないとも思う。     
>その点で、昨今の風潮には違和感を覚えている。    
>「女性天皇を実現せよ」というのは、私も大いに賛成だ。    
>でも愛子さまが好きだから「愛子天皇を」というのは、危うい。    
>成人されてからの愛子さまのご様子をメディアで見て、いわば愛子さまファンとなった人は多いだろう。    
>愛子さまには気品がある! 立ち居振る舞いが天皇に相応しい! などの声もある。    
>でもよく考えてほしい。    
>その女性が天皇に相応しい好感の持てる人物だから女性天皇を認めよ、というのは天皇を人気で決める発想だ。    
>天皇は、決して人気で決めてはいけない。     
>人気は権力者に利用されるからだ。    
>皇位継承は大衆の人気や誰かの思惑ではなく、法律で定められた方法で決めることが極めて重要である。     

そうですね。   
日本人には世界観がない。だから、’我々はどこから来たか’、’我々は何者であるか’、’我々はどこに行くのか’ を個人の考えとして持っていない。   
日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、日本人は現実肯定主義者になっている。我々はどこにも行かない。現状の岩盤支持層になっている。進歩の歩みは難しい。   

>だから女性天皇を望む人が言うべきは「皇位を継ぐのは男系男子に限るとする皇室典範を改正して直系長子優先とし、女性・女系天皇を認めよ」である。     
>「愛子さまは素敵で天皇に相応しいから、女性天皇を認めよ」ではいけないのだ。    
>現在の皇室典範のもとでは、愛子さまは皇位継承者ではない。    
>未来の天皇は悠仁さまである。    
>それは悠仁さまのご家族やメディアでの印象とはなんら関係なく、法に則った定めだ。    

そうですね。法に則った定めですね。      

>今議論するべきは、愛子さまと悠仁さまのどちらが天皇に相応しい人物かではなく、皇位の安定的な継承のためにはどのような法的な定めが望ましいかである。    
>ここを誤らないようにしないといけない。    

そうですね。   

>愛子さまも悠仁さまも、まだお若い。     
>私にはお二人と同世代の息子たちがいる。    
>若い人たちがそれぞれにのびのびと学び働き、自らの人生を望むように生きられますようにと願わずにはいられない。    
>お二人は子どもの頃から注目され、国中から自身や家族についてどうこう言われる極めて過酷な環境で育たねばならなかった。    
>もし自分の子どもがそのような立場だったらと想像すると胸が痛い。    
>皇位継承の議論を、決して愛子さまと悠仁さまのどちらがいいかという話にしてはならないのだ。    
>あくまでも仕組みの話として議論する必要がある。    

そうですね。   

>国民の総意に翻弄される人たちにも人生がある    
>メディアは執拗に皇室ゴシップを書き立ててきた。     
>今はSNS上で誰でも発言できるようになり、一層ひどくなっている。     
>こと女性皇族に関しては、剥き出しのルッキズムで語られる。     
>容貌がメディア映えするかどうか、服装がどうか。    
>それまで垢抜けないと揶揄していた人物が洗練された雰囲気になった途端に手のひら返しで「国民の誇りだ」などと賛美する。    
>皇族の結婚に際しても女性は「国民のヨメ」「国民のムスメ」扱いで容赦なくジャッジされ、その人の尊厳を無視した人気投票のような野次馬議論が延々と続く。     
>皇族の人権は、もっと真剣に考えられるべき問題だ。

そうですね。   

>戦後、結婚によって民間から皇室に入る人が増え、皇室と国民がメディアを介してつながる構造が定着した現在では、皇室が民意や人気と完全に無関係であり続けることは難しい。    
>であればこそ、国民は皇室で生きる方々をゴシップとして消費するのではなく、同じ社会で生きる一人の人間として捉える必要がある。    
>そしてなぜ天皇制を存続させるのか、なぜ皇室は必要なのかを自問しなくてはならない。    
>皇室に生きる方々の苦悩の上に、この制度を国民の統合の象徴として存続させねばならないのは何ゆえなのか。     
>あなたはどう答えるだろうか。   
>国民の娯楽のため? それともコストのかかる歴史と文化の継承を担ってもらうため? 日本人のプライドのため?

それは、わが国民の持つ序列メンタリティのためでしょうね。   

>私は、皇室がこの先もずっと今の形のままでいいのかわからない。    
>どのような制度なら、皇室が担う文化的な役割を継承しつつ、法の下の平等を実現することができるのか。     
>天皇制を存続するにしても、日本の「国民統合の象徴」たる天皇の地位が、制度化された男尊女卑のもとで継承され続けるのは望ましくないと思う。    

そうですね。   

>皇位継承は男系男子ではなく、直系長子優先にするべきだろう。    

そうですね。男女同権ですね。      

>最初に生まれた子が皇位を継ぐ。    
>女性皇族は、本人が望めば結婚後も皇室に残ることができるようにする。    
>女性も王位を継ぐことができる欧州の王室では、財政負担の削減や多様な生き方への配慮からむしろ王室メンバーの縮小が議論されているが、皇室消滅の危機に瀕している日本では、安定した皇位継承のために当面はある程度の皇族の数を確保しないとならないだろう。    
>皇室存続のためには天皇の血統を受け継ぐ子孫を一人でも多く残すことが至上命題とされる。    
>でも当然ながら体質的にそれが難しい人や、性的マイノリティである人のことも考える必要がある(ちなみに英国では2018年にエリザベス女王の従兄弟に当たる王族が同性パートナーと再婚している)。      
>天皇制と皇室は日常の枠外にあるもので、人権や人道の概念は及ばないという人もいる。    
>もしそんな考えを認めれば、文化や伝統の名のもとに深刻な差別を許すことになる。    

そうですね。   

>同じ文脈上には、結婚は子どもを残すためにこそ必要であるという考えや、多様性の否定がある。    
>人に線引きをすれば、人権は限られた人だけの特権になるだろう。    
>そんな未来を私は望まない。    
>明治時代に定められた男系男子による皇位継承を重視して、女性天皇や女系天皇(母方にのみ天皇の血を引く天皇)を認めるくらいならいっそ天皇制はなくしてしまえと考える人もいると聞く。    
>一方で、性差別を温存する男系男子継承にこだわるのなら、いっそ天皇制なんかやめてしまえという人もいる。    
>どちらにしろ「いっそなくしてしまえ」というなら、現在そこで生きている人たちのことを考えねばならない。    
>制度はなくなっても、その人たちの人生は続く。    
>今の世論には、国民の総意なるものによって翻弄され続ける人々に対する想像力が足りないのではないか。    
>まずはゴシップ消費でも推し活でもなく、同じ人間としての眼差しを持つことが必要だ。    
>その上で、持続可能な制度について目に見える形で議論を進め、広く合意形成をはかるべきだ。    
>制度は命の入れ物であることを忘れてはならない。    

そうですね。   

 

 

 

 

 


閲覧数14 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2026/07/03 16:25
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