蒼井そら氏 |
>日刊スポーツ >蒼井そらが疑問投稿「右思想とか左思想とか みんなそんなに分かって発言しているの?」反響続々 >19時間 >元人気セクシー女優でタレントの蒼井そらが26日夜、Xを更新。 >「左」と「右」に言及した。 >蒼井は「何か発言すると 左で幻滅とか お前は右だったのか とかになるんだけど」と書き出し「右思想とか左思想とか みんなそんなに分かって発言してるの??」と疑問を呈した。
現実肯定主義が右、改革派が左でしょうね。
>そして「よく分かんないから私 真ん中が良いんだけど」と述べた。
それはノンポリですね。政治音痴になると危険ですね。
>この投稿に対し「Xでまともな奴はいないから相手にしないことですよ」 >「政府批判すると売国奴扱いで愛国心を表明すると右翼扱い」
勿論、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、常に簡単な事だ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。 (ヘルマン・ゲーリング)
>「縦横無尽にただ日本が良くなるなら右も左もない!ってスタンスが良いわけよね」
それでは人類の進歩についてゆけませんね。現実の世界を迷走しますね。
>「思想なんて右翼から左派と言われ左翼から右派と言われるくらいがちょうどいい」 >「今の時代、右も左も明確には分けにくい。
それはありますね。
>論点ごとに立場がバラバラになりやすい」
そうですね。人さまざまですからね。
>「わかってるのは少ないと思いますよ」
そうですね。正解のない時代ですからね。
>「発信する内容によって右か左かなんて変わるのが普通ですよ」などとさまざまな反響の声が寄せられている。
いろいろな回答の組み合わせになりますね。いよいよ人間らしくなりますね。自由主義ですね。
日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。 わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。現実ばかりがあって非現実の内容 (視点・論点) がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。 [木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人] 「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン (理性・理由・適当) の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人主義がなく、個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。 英米流の高等教育機関において、自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位 (博士号など) が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。
イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。 何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)
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