大学名 |
>マイナビニュース >日本では「大学名」が重要、アメリカでは「専攻」がすべて…大学選びがここまで違うワケ >1日・ >アメリカでは、「将来、主専攻と副専攻として2つの専門分野の勉強をしたい」という高校生も増えています。 >自分はサクソフォンが上手なので音楽家としてセミプロやプロのキャリアを目指すが、同時に法学もやっておきたいとか、ファイナンスをやりながらアジアの文化も勉強したいといった組み合わせも可能です。 >その上で、「両方の分野で評価の高い大学」という観点で志望校を決めていくことになります。 >何よりも、専攻を決めてそこから志望校を絞っていく、また実学系に加えて人文系の副専攻も学べるというシステムは、まさにAI時代の人材育成の方向に沿ったものだと言えます。 >AIが初級の知的労働を次々と置き換えていき、グローバル化がさらに進んでいく時代。 >一握りの天才だけでなく、「第2グループ」と呼ぶべき、自己管理力と実行力を備えた若者こそが今後ますます求められることになります。 >では、そうした人を育てるために、親や学校、周りの大人たちは、子どもに何を伝えればよいのでしょうか? >本書の著者は、米国東部のニュージャージー州プリンストンに30年以上暮らし、作家・ジャーナリストとして活動しつつ、現地で3人の子育てを経験。その傍ら、プリンストン日本語学校高等部で、数多くの日本人・日系人の高校生を指導し、アメリカの名門大学に送り出してきた教育者でもあります。 >そうした経験なども基に、アメリカの大学が思い描く「期待される18歳の人物像」を出発点として、幼児期から思春期に至るまで、年齢に応じてどんなメッセージを子どもに伝えるべきかを具体的にお話しします。 >なぜアメリカでは「大学名」よりも「専攻」が重視されるのでしょうか。
それはアメリカ人に序列メンタリティがないからでしょう。日本の大学は人間序列の形成に役立つための手段ですね。姿を変えた我が国の身分制度ですね。 生涯不変の身分を自助努力で変えることのできる制度に改めたことで国民は喜んだ。しかし明治維新では序列社会そのものからの脱出はできなかった。
>日本では偏差値や大学名が就職で重視される場面が少なくありませんが、アメリカでは大学で何を学ぶかが、その後のキャリアに直結します。 >大学選びの考え方に表れる、日米の教育と雇用の違いについて、『世界の一流は「子ども」に何を教えているのか』(冷泉彰彦/クロスメディア・パブリッシング)から抜粋してご紹介します。 >大学で学ぶこととキャリアの関係は、日本とこう違う >アメリカの受験生は、どうやって大学選びをしているのでしょうか? >まず王道を行くのであれば、自分の将来の専攻をあらかじめ決めておき、その専攻の部分で最も評判の高い大学から順に調査していくということになります。 >これが選択方法としては最も間違いがないし、出願にあたって大学側の心証も非常によくなります。 >たとえば、理工系の場合は特にそうなのですが、「学部での専攻」がそのまま就職や院進学など将来のキャリアに直結していきますし、その中で「各校の評判」を調べていくことで、志望校が決まってくるのです。 >東海岸で言えば、バイオ・メディカル・エンジニアリング(医療系の生化学工学)であればジョンズ・ホプキンス大学がいいとか、原子核物理ならプリンストン大学、ナノテクならペンシルベニア大学(Uペン)、宇宙航空ならジョージア工科大学、コンピューター・サイエンスやAIならカーネギー・メロン大学といった具合に、著名な教授の存在やカリキュラムの卓越性などでの評価があります。 >たとえば、コンピューター・サイエンスに関して言えば、西海岸のシリコンバレーが全米の中心であり、そうした環境に育った高校生の中にコンピューター・サイエンスの専攻を志望する人数は多くなっています。 >コンピューター・サイエンスに特化した教育ということで言えば、西海岸にはカリフォルニア工科大学(カルテック)という存在があるものの、カルテックは定員が大変に少ない狭き門であるため、学生が東海岸寄りのピッツバーグにあるカーネギー・メロン大学に流れてくるのです。 >西海岸にも、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)やUCバークレー、あるいはスタンフォードといった名門校はあるのですが、コンピューター・サイエンスという専攻を決めている受験生は、「カルテックがダメなら遠くてもカーネギー・メロン」という選択をするわけです。 >ビジネス専攻の場合も事情は同じです。 >金融工学ならUペン、マクロ経済ならプリンストン大学やシカゴ大学、ジャーナリズムならコロンビア大学やシラキュース大学、国際関係ならジョージタウン大学やタフツ大学などというように、大学ごとに得意分野というのが世評として確立している場合は、そうしたものを参考にしながら、教授の陣容やカリキュラムなどを調べて志望校を決めていくことになります。 >たとえば「旅行業のマネジメント」に特化した教育を行う学科を持っていて、それが国際的に評価されているコーネルのような大学は、この分野でのキャリアを目指す高校生には憧れの的ということになるわけです。 >なぜなら、学部レベルであっても、ビジネスにおける即戦力になるようなスキルを教え、労働市場もこれを評価するからです。 >たとえばベンチャー企業が成功して、全国単位のマーケティングを展開しようとした場合に、大学でEコマースを専攻した若者を採用して、いきなりすべてを任せるということはよくあります。 >さらに、将来は医科大学院あるいは法科大学院というような「職業大学院」から有資格専門職を狙うのであれば、それぞれの「学部段階での専攻」――つまり「プリ・メッド(Pre-Med)」あるいは「プリ・ロー(Pre-Law)」の評価の高い大学、そして難関大学院への合格率などを見て決めるということもあります。 >こうした制度は、グローバルスタンダードとなっている「ジョブ型雇用」と裏表の関係にあります。 >日本では、資格を必要とする「士業」と、理系の技術職を除くと、官庁も民間も「メンバーシップ雇用」がまだまだ多数派です。
そうですね。やくざもメンバーシップ雇用ですね。彼らはジェネラリストです。
>社会人になって、最初に配属された職種を続けてキャリア形成するよりも、定期的に職種を変えて多くの職種を経験し、「総合的な人材=ジェネラリスト」になるのが出世の道になっています。 >ですから、入社の時点では多くの場合、大学での専攻は重視されません。
そうですね。
>偏差値の高い大学に入試で受かったこと、あるいは偏差値の高い高校出身であることなどが重視され、大学で学んだ内容は多くの場合「気にかけない」のです。
そうですね。それは序列メンタリティのなせる業ですね。人間序列は没個性の競争でなくてはなりません。個性の競争は参入の機会を減らし不公平になる。 だから、わが国では個性を大切にする個人主義は利己主義とまちがえられている。我が国における自己実現はむずかしい。
>なぜなら、仕事に必要なことは、大学で学んだことではなく、企業内・現場で教える(OJTを行う)のが普通だからです。
そうですね。それは徒弟制度ですね。せっかくの高等教育が無駄になりますね。
>グローバルな世界はそうではありません。 >公務員になりたければ法律と行政学を、経理の仕事がしたければ会計学や財務を、しっかり大学で学んだ人でないと、そもそも採用の対象にはなりません。 >マーケティングなど、日本だったら「大学の座学などムダだ、わが社の経験とノウハウを学んでもらう」などと言われそうですが、グローバルな世界では違います。
序列社会の仕来りは、国外では通用しませんね。
>ウェブマーケティングを大学で学び、データサイエンスとウェブ、SNS戦略の理論と最先端、さらにはデザインの理論とノウハウを修めた若者を、各企業は必死で集めるからです。
そうですね。
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